オフザケはおよしになって、豊秀一様。

平成27年9月29日(火)    平成25年9月ブログ開始

オフザケはおよしになって、編集委員・豊秀一様


9月28日 東京本社夕刊  11面
掲示板の裏から問う民主主義 
記念碑公開求める動き 浅沼・社会党委員長刺殺から55年


こう書いている。

浅沼稲次郎(いねじろう)・社会党委員長(当時)が1960年10月に右翼少年に刺殺された東京・日比谷公会堂。
3階ロビーの壁に浅沼の記念碑が飾られていたが、トラブルなどが相次ぎ、いまは掲示板の裏に隠されている。事件から55年。
安保法制をめぐり民主主義のあり方が問われる中、記念碑の公開を求める動きが始まった。


と。

1960年5月、岸首相を首班とする自民党政権のもと新日米安保条約が国会にて採決された。
そしてその10月日比谷公会堂における3党首立会演説会にて社会党の浅沼委員長が大日本愛国党員・山口二矢に演壇にて刺殺されたのであった。

ブログ主は以前このブログにて書いた事がある。
政治とは結局殺し合いにも至るものである。殺し殺されるのである。
政治活動に身を投じる者はその覚悟が出来ていなければならない、と。
このことはこの社会党委員長刺殺事件の際にも強く思ったものであった。
そしてブログ主のような臆病者には政治活動に身を投じるなんてできっこないとも。

勿論法治国家日本である以上、殺人は法によって裁かれ罰を科されねばならない。
だが、殺された浅沼稲次郎も殺した山口二矢も政治活動に身を投じたことにおいては、その信奉するもの、信条こそ違え同等同格であると。
だから、党員数の多い社会党の委員長を務めた者は悲劇の英雄の如く扱われ、方や少数党員右翼政党の一青年党員は常軌を逸した哀れな者、右翼に洗脳された未熟者の如く扱われることに反発を感じたものであった。

そしてその55年後の今回。

見出しに「掲示板の裏から問う民主主義」などと書く。
バカ朝日よ何を言いたい?
事は簡単だろうに。政治に暴力を持ち込むな。暴力で決着を図るな。多数決で決せよ。ということだろうに。
それをわざわざ「掲示板の裏から問う民主主義」などと書く。
銅像でもレリーフでも結構だ。制作し設置するなら、山口二矢が浅沼委員長を襲撃する場面を、きちんと両者の姿とともにその名前をしるせ。そして「暴力は許されない」と書けばよいのだ。
それだけのことだ。

それを、日米安保に反対した浅沼委員長にのみ脚光を浴びせ、悲劇の、正義の主人公の如く扱おうとする。
再デビューさせんが如くである。
それが正当なのだと言わんばかりに例によって、作家の野間宏、作曲家・芥川也寸志、評論家・日高六郎ら故人を持ち出し、さらには北沢方邦、樋口洋一、福島瑞穂らの常連を持ち出してくる。

この者らは当時も今も日米安保に反対した者達だ。
この者らの意見が通って日米安保が破棄されていたらどうなっていたのだ。

アメリカが守ってくれない日本、アメリカと軍事同盟を結ばない日本に果たして1960年以来の平和と繁栄があったのか。
あるいは「米帝国主義は日中両国人民の敵」などと訪中して叫んだ浅沼社会党党首のもとに支那と組んでいたら果たして1960年以来の55年間の平和と繁栄があったのか。
ソ連や北朝鮮、支那と平和裏に渡り合える外交力があったとでもいうのか。
国連があるから武力攻撃されなかったはずとでも言えるのか。
誰が考えても判ることではないか。

それに第一、バカ朝日は、砂川裁判の第一審判決「アメリカ軍の駐留を許容したのは違憲である」を覆した最高裁の「日米安保条約は違憲とは言えない」という趣旨の判決を支持したではないか。
日米安保条約締結即ち厳然たる集団的自衛権行使を認めたではないか。

それをいまさら日米安保に反対した政党党首を持ち出すとは、ふざけるのもいい加減にしろである。
編集委員・豊秀一とやらよ。



社会・政治問題 ブログランキングへ

スポンサーサイト

大島隆、今村優莉。もっと突っ込まんかい。

平成27年9月25日(金)    平成25年9月ブログ開始


大島隆、今村優莉よ、なぜ突っ込まない?




9月24日 東京本社朝刊  1面
「難民受け入れ積極的平和主義の一部」
元国連難民高等弁務官 小笠原貞子氏インタビュ―


安保関連法案成立に対するしつこいバカ朝日の難癖付けキャンペーンが始まった。

あれだけ安倍首相の安保関連法案を葬り去ろうとキャンペーンを繰り広げたのに、あっさりと一敗地にまみれてしまった。
これからはあの手この手を使っての難癖だ。

シリア難民の大量発生。
難民受け入れに消極的な日本、安倍政権。
安倍首相の積極的平和主義。
難民受け入れ大好きバカ朝日。
地球市民化を標榜するバカ朝日にはいいネタが揃った。
で、見出しが「難民受け入れ積極的平和主義の一部」

難民と言えば、まず何んと言ってもこの人だ。元国連難民高等弁務官 小笠原貞子氏。
さあ、インタビューして反安倍に繋げようぜ、ってなもんだ。

しかし、難民を救えと言うなら、まずは国連だろ。
今回、シリア難民に関していっこうに新聞、TVのマスコミに国連が登場しない。
国連は何をやってんだと、日本国民の多くは思っているのだ。
インタビューするなら「元」国連難民高等弁務官の小笠原氏ではなく、「現」高等弁務官であり、藩基文事務総長だろ。

バカ朝日はワシントンにもニューヨークにも駐在記者を置いているではないか。
そうそう、時々紙面で見かける記者で、この8月にジョン・ダワーの腐れインタビュー記事を掲載していたニューヨーク支局長・真鍋弘樹と言うのがいたじゃないか。
彼は一体こんな時何をしているのだ。
もう日本へ帰ってきているのか?それともインタビュー記事が掲載されていたがこのブログ主が見過ごしただけなのか?
それなら謝るが。

それでだ、本論の小笠原貞子元高等弁務官とのインタビュー記事。

同日  第9面 国際
島国根性でやっていけるのか
緒方貞子・元国連難民高等弁務官

DSC05683_convert_20150925005132.jpg
 一部取り出してみると。

 ――日本の世界との関わりや国際貢献で言えば、日本政府は今、「積極的平和主義」と言っています。

 「積極的平和主義をしようとしたら、そのためにどういう犠牲を払う用意があるか、というのをほとんど聞かないでしょ。
 だから、お言葉だけというふうに私は受け止めています」

 ――どういうものが積極的平和主義と考えますか。

 「例えば、難民の受け入れは積極的平和主義の一部ですよ。本当に困っている人たちに対してね。それから開発援助も
底辺に届くようなものをどれだけやるのか。それが積極的ですよ。難民の受け入れに積極性を見いださなければ、積極的平和主義というものがあるとは思えないと言っていたと、書いて下さい」


と、ここまでは、バカ朝日の思惑通りであろう。
だが、これに続く以下は、藪蛇じゃないか?バカ朝日にとっては。

 ――国連平和維持活動(PKO)はどう見ていますか。

 「PKOについては、私は(自衛隊の派遣に)相当期待していました。だけど、危ないところにはお出しになりませんよ」

 ――犠牲が出る可能性をきちんと議論したうえで、ということですか。

 「どのくらいの犠牲を払う用意があるかということについて、もうちょっとはっきりお考えになる必要があるんじゃないですか。そういう議論をおっしゃらないもんね。おっしゃれないかもしれない。今の日本の考え方は、みんな『犠牲はない』と。
だけど積極的平和主義はやると。そういう矛盾の中で暮らしているんじゃないですか」



小笠原氏は、自衛隊を危ないところに出せといっているのだ。危ないところは即ち、武力紛争のあるところ、その可能性があるところだ。
「犠牲」は当然だし、覚悟せよとも。
積極的平和主義とはバカ朝日の期待する難民受け入れを積極的に行うと言う事だけじゃないのだ、と言っているのだ。
もっと自衛隊の海外派遣を積極的に行えと言う事なんだ。

ということは、
ブログ主は、このたびの安保関連法案に小笠原氏が賛成かどうかは知らないが、バカ朝日が小笠原氏に突っ込まなかったところを見ると、同氏は難民を救う為或いは難民を出さぬ為の自衛隊海外派遣を可能にするという条件を付けてなら安保関連法案に賛成であろうと確信する。


それにだ、この見出しが「島国根性でやっていけるのか」だ。
よくもバカ朝日言ったものだ。
やっていけないからこそ、憲法解釈を変更して、極めて限定的ではあるが集団的自衛権を認めることにしたのだ。
このたびの安保関連法案で。



社会・政治問題 ブログランキングへ


口惜しいのう。素粒子

平成27年9月19日(土)    平成25年9月ブログ開始

口惜しいのう。素粒子。


9月18日 東京本社夕刊  1面
素粒子


短いので全文コピーしよう。

 トリック採決は咆哮(ほうこう)と怒号の中で。与党議員のサインプレーと鉄壁のブロック。良識の府は集団格闘技場と化し。
    ☆
 民意を敵に回しても手に入れたい魔法の杖。戦争を始める存立危機事態の杖。どんな時に振られるか誰も知らず。
    ☆
 これは「やばい」ぞ。世論を黙殺して暴走する政権と街で声を上げ始めた若者たち。変化する言葉の両様の意味。



この尋常じゃない言葉使い。わずか数行の中に、

咆哮、怒号、鉄壁のブロック、集団格闘場、敵、魔法の杖、戦争、危機事態、「やばいぞ」、黙殺、暴走・・・

バカ朝日の口惜しさが、八つ当たりが滲み出ている。

何だったんだ。自分らの仕組んだキャンペーンは?毎日毎日の反安保法制記事は?徒労に過ぎなかったではないか、くやしいのう。

その通り。徒労に過ぎなかったのですよ。

御気の毒様。

とっくに国民の大多数はバカ朝日を、新聞を見限っていたのです。
自業自得です。
虚報、捏造、嘘語り、でっち上げ、煽動、工作、謀略、諜報、検閲、隠ぺい、銭ゲバ、無反省、虚飾、傲慢、おっと、サンゴ傷つけ・・・の何でもござれ。
そりゃあ、愛想つかされまっせ。

といえども、バカ朝日は新聞商売人。
経営陣は次の売れるネタを探してくるでしょうよ。
雇われバカ記者はそれに合わせて、順応して記事を書いてりゃいいのよ。
給料・身分は保障されてんだし、定年近くまで我慢すりゃ子会社、関連会社に移籍できるし、うまくすればTV局で高給を食めるかも。

ま、そのTV局も国民に見放されるときは近いけどね。


社会・政治問題 ブログランキングへ

アナキスト集団・バカ朝日

平成27年9月18日(金)    平成25年9月ブログ開始

アナーキスト集団・バカ朝日




9月18日 東京本社朝刊  1面
天声人語


かねてよりこのブログ主は次のように言ってバカ朝日を罵っている。

戦前は、戦争と言う国策の遂行に全面協力し、軍部の太鼓持ちを務め、新聞商売の隆盛をみたが、戦後は一転して
戦勝国アメリカの占領政策(日本国民改造計画)の広報宣伝係を務め今日の財を成したと。
即ち敗戦利得者代表でありアメリカの忠犬を務めていると。

そして、アナーキスト集団、無政府主義者集団とも。

今回のこの天声人語がそれを証明している。

主要部分を書きだすと、


人々はだんだん賢くなってきている」(デジタル革命の先端を行くマサチューセッツ工科大メディアラボの所長になった伊藤穣一さんの言葉)
▼伊藤さんによれば、人々はネットでつながりを深め、質の高い議論を交わし始めている。その相互作用で独創的な新しいものが誕生する。これを「創発」という。民主主義にも応用できる。つながりが実際の行動に発展すれば新しい民主主義を生み、世の中が変わる、と
▼カウンターデモクラシーという言葉がある。伝統的な代議制や政党政治に時に対抗し、時に補完する民主主義。
それは選挙とは別の回路で多様な民意を反映させようとする。デモや集会が典型だ。伊藤さんの発想とも通じるところがある
▼おととい、憲法学者の長谷部恭男さんが都内のシンポジウムでカウンターデモクラシーに触れ、「新たな民主主義が生まれている」と指摘した。
国会で安保法案は違憲と断じ、政権与党に衝撃を与えた早大教授は、国会前や各地の光景に希望を見る
▼古めかしい議事堂の中で無法がまかり通る。やむにやまれず立ち上がる人々は続くだろう。民意のもう一つの回路に向けて。


言うまでもなく、国家の方針を決める際には、政府がその方針・政策を示す。
が、それに賛成する者、反対する者、どちらとも決めかねる者、どちらとも言わない者、代議員に任せますと言う者、等々、国民は様々だ。
そして、それを決めるのは国会の場で、国民から選ばれた代議員が最終的には多数決によってだ。
これが独立国家・日本の議会制民主主義、代議員制民主主義、公平選挙民主主義だ。

だから政治家は、多数を得ることが出来るよう日頃から切磋琢磨する。
国民の多数を成す考えは何か、何処にあるのかを探り、或いは自分の考えが多数を獲得するために活動をするのだ。
集会を開こうが、ネットを利用しようが、政治活動の自由は保障されている。

だから、ネットでのつながり・議論、集会、デモ大いに結構だ。
それらが議会での多数を得る為の、議会の外での活動なら問題はない。
だがそれらが、議会の代議員の自由な思考を妨げる、物理的は勿論、精神的圧迫となってはだめだ。

バカ朝日の、マサチューセッツ工科大メディアラボ所長だの憲法学者・長谷部某などの権威を持ち出し、或いはカウンターデモクラシーなどと言うそれらしい言葉を持ち出すいつもの洗脳戦術。
そして、
▼古めかしい議事堂の中で無法がまかり通る。やむにやまれず立ち上がる人々は続くだろう。民意のもう一つの回路に向けて


などと、国民を煽動するのだ。

もう一つの回路を作ってどうしようというのか?
バカ朝日は、デモ・集会で議会を占拠しろ、議会の機能を奪え、カオスを作り出せなどとは書かないが、巧妙に議会制民主主義を、多数決民主主義を否定しているのだ。
もう一つの回路を使えと。

アナーキスト集団と呼ぶゆえんである。


社会・政治問題 ブログランキングへ

梅原季哉は 「取り込まれた」男どころか「間抜け」だ

平成27年9月15日(火)    平成25年9月ブログ開始 

梅原季哉、「取り込まれた」男どころか間抜けだ。




「週刊新潮」で必ず読むのが、人気のコラム藤原正彦さんの「管見妄語」と高山正之さんの「変幻自在」だ。
ブログ主もこのような簡潔で要を得た素晴らしい文章を書きたいものだといつも羨ましく思いながら読んでいる。

さて、
下記は、週刊新潮2015年9月17日号の人気コラム藤原正彦の「管見妄語」だ。

内容はこうだ。

藤原氏は、8月上旬オーストラリアにいた際、国際ニュース番組・BBCワールドで日本軍慰安婦についての特派員報告番組を見た。
特派員が三人の証人にインタビューした内容をもとに語っている。
三人は、一人目が田母神俊雄元航空幕僚長、二人目は元慰安婦と言う韓国人老女、三人目は元日本兵という90代の松本氏であった。

藤原氏はこう書いている。主要部分を取り出すと、


日本では歴史修正主義者が大きな勢力となり、嘆かわしいことに慰安婦までが否定される勢いにある、という内容だった。
歴史修正主義者とはもともと、ナチスによるユダヤ人虐殺などなかったと主張する極右勢力を指した言葉で、欧米では「非人間」に近い蔑称だ。
三人の人々が登場した。

・・・・・

番組は特派員自らの語りで終った。
「この老日本兵の証言にもかかわらず、日本では慰安婦を否定する人々が勢いを増してきました。
そのような人々の一人は現在、首相の地位にまで上り詰めています」。

・・・・・

1970年前後に元日本兵の吉田清治氏が、軍の命令で自身が済州島で女性を強制連行し慰安婦にしたと何冊かの著書に書き、
この吉田証言を1983年以降、朝日新聞が繰り返し取り上げたことで初めて国際問題となったのである。
本人が創作を認めた後も朝日新聞は史実として扱っていたが、ようやく2014年になって吉田証言は虚偽と認めた。
強制連行があったという最大の「証拠」が消えてしまったのである。

・・・・・

BBCワールドが世界で最も信頼されるテレビニュースの一つだけに衝撃だった。
こんな番組を見た世界の人々は、安倍首相をはじめ大多数の日本人は大嘘つきで狂信的な歴史観に捉われているとみるだろう。
日本の発言は全て説得力を失うことになりかねない。
外務省が抗議すべきだろう。
この番組が原爆記念日頃に繰り返し世界に流されていたことに、意図を感じてしまう。
「軍国主義日本を凶暴残忍なアジアへの侵略者と決めつけたい。そうすることで無慈悲な原爆投下を正当化し、白人の三世紀にも及ぶアジア植民地化を免罪したい」と言う意図だ。

・・・・・

我が国は正しいと信ずる歴史観を、世界中からの逆風にひるまず堂々と冷静に述べる必要がある。



以上だ。

BBCってのは、確か日本のNHKと同じで、国民の受信料で成り立っているイギリスの公共放送だ。
BBCワールドはその国際向けのニュース番組で世界中をカバーしているといってよい。
と言うことは、イギリスが日本を、世界に向かって誹謗中傷し,貶めているのだ。


こんな折の、本ブログが前回でも取り上げたバカ朝日の以下の記事だ。

9月12日 東京本社朝刊 オピニオン 12面
風ロンドンから  安倍談話元外交官の懸念


DSC05624_convert_20150913184750.jpg
ヨーロッパ総局長の梅原某が記事の中でこう書いているのだ。

 エディンバラ公を日本で接遇した経験もある元駐日英大使、ヒュー・コータッツィさん(91)は「公自身が反日感情を抱いている証左は何もない」とみる。
 だが、この世代全体にとって、和解は簡単なことではなかった。コータッツィさん自身、45年9月にシンガポールでの降伏式に英司令部詰めの空軍少尉補として立ち会っており、親族には、タイからビルマへ日本軍が捕虜を大量動員した泰緬鉄道の建設で虐待された人も複数いる。「日本は時に、英国側がどれだけ強い感情を抱いていたかを忘れがちだ」
 
安倍晋三首相は戦後70周年の談話で、英国も含めた元捕虜たちの「耐え難い苦痛」にも言及した。
コータッツィさんはその点を歓迎した上で、こう語る。「謝罪をいつまでも求めるべきだとも思わない。
奴隷貿易について現代の人々に責任を負わせることはできないのと同じだ。だが、大切なのは、何が起きたのかを正しく認識し、繰り返さないことだ」 だからこそ、安倍談話の行間にちらつく歴史認識に対しては、懸念をぬぐえないという。「経済のブロック化などによって『日本は戦争に巻き込まれた』と言わんばかりの言い換えに満ちていた」もはや数少ない戦争世代。その中でも長年、親日家を任じてきた元英外交官の言葉には、日本人として耳を傾けるべき誠実さがある。(ヨーロッパ総局長)



梅原ってのは。「取り込まれている」男どころじゃない。間抜けだ。
言うに事欠いて、

親日家を任じてきた元英外交官の言葉には、日本人として耳を傾けるべき誠実さがある。

などとぬかすのだ。
梅原某が称賛するイギリスはと言えば、BBCが日本人を批難中傷し、貶め、バカにしているというのにだ。

ところで、バカ朝日は、

「吉田清治の話は全て嘘でした。裏も取らず検証もせずに記事にしました。彼は詐話師でした。
わが社は30年間取り消しも、虚偽記事であることも認めませんでした。
申し訳ありませんでした。わが社はバカでした。新聞社失格です」

という告知を、それこそ英語、フランス語、支那語、スペイン語、韓国語その他で世界に向けてしたのか?

梅原某よ、元駐日大使の「御高説」を日本人に得意げに説く暇があったら、ヨーロッパで「吉田虚偽話報道」の取り消しを行え。
ヨーロッパ総局長だろ。行なったのか?聞いたことがないぜ。




社会・政治問題 ブログランキングへ

梅原季哉 「取り込まれた」男

平成27年9月13日(日)    平成25年9月ブログ開始
     梅原季哉、「取り込まれた」男



9月12日 東京本社朝刊 オピニオン 12面
風ロンドンから  安倍談話元外交官の懸念


ミイラ取りがミイラになるって言葉があるように、人間世界では、よく「取り込まれる」という事態が発生する。
こっちの世界、こっちの陣営、こっちの共同体、こっちの仲間だったはずなのに、いつの間にやらあっちの世界、敵対陣営、向こうの共同体、こっちの仲間ではなくなる行動をとるのだ。

極端な例では、ストックホルム症候群、リマ症候群なる用語を知ることとなった事件だ。
前者はアメリカの大富豪であり、新聞王といわれたハーストの裕福な、およそ左翼革命思想とは無縁の孫娘(大学生)が左翼過激派犯罪集団に誘拐されて、驚くまいことか、その後その過激犯罪集団が銀行を襲った際には彼女がその一味として加わっていたのである。

後者の例としては、
1997年だったかに発生した在ペルー日本大使公邸占拠事件のそれだ
ペルーの反政府革命ゲリラ組織が日本大使公邸を襲撃占拠し、多くに人質をとった。
その人質の監視役である一人の若いメンバーは、いざと言う時にはいつでも人質を始末すべく常に監視、銃を向けていたのだが、警察の特殊部隊が突入した際、それを実行せずに部屋から飛び出して警察に打たれて死亡した。
占拠期間が一か月以上にもわたったため、若いテロリストと人質との間に人間的交流が生まれていたのだ。
若いテロリストの情が人質に移ったというのであろうか、彼は人質に向けて引き金を引くことが出来なかったのである。

これ等の例は、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかと言う極限状態を伴った極めて異例のケースであるが、もっと緩やかなというのも変だが、スパイと言う存在がある。

スパイにも、己の信念、主義、思想にもとずいて務めている積極的確信的な者もあれば、ついずるずると生活の為、或いは今更引き返せない、引き返せば裏切り者として始末されるという恐怖にもとずく消極的スパイ、一回の甘言に騙されての過ちをネタに脅迫されて務めている者など、その他様々いるであろう。

第二次大戦時、ソ連のスパイを務めた尾崎秀実なんかは、日本が戦争に敗北することが日本の為であり、世界平和の為であると、心より信じていた確信犯スパイであった。
東大在学時に共産主義に目覚め、そのままバカ朝日に就職した、いや雇われた。
コミンテルンの一員として朝日新聞記者の身分を持ち、それを隠れ蓑としながら、政界中枢にも知己を得、ついには英米に宣戦布告した近衛文麿内閣のブレーンにまでなったのだ。
当時の日本からすれば完全に敵方に「取り込まれて」いた日本人であったのだ。
そして紛れもなく彼は朝日新聞記者と言う身分を利用したのだった。

時は下り、2015年、バカ朝日の本社特別編集委員に冨永格というのがいる。
彼は、そのツイッターにて、ハーケンクロイツや旭日旗を掲げているデモの写真を掲載し、彼等(デモ参加者)は安倍首相とその保守政治を支持していると書き、まるで安倍首相がヒトラーの同類であるがごときツイートをしたのであった。
それも英語とフランス語でもだ。

これは多くのネット住民に指弾されることとなり、バカ朝日は冨永を処分したのであった。
その処分を伝える記事が以下である。
DSC05553_convert_20150811142617.jpg
この冨永とて、スパイではなかろうが、我が国の首相をヒトラーになぞらえて貶めるという、まさに反日活動を行っていたのだ。
欧米白人の意を迎えようとした、「取り込まれた」日本人だったのだ。

そして今回は冒頭にあげたバカ朝日ヨーロッパ総局長・梅原季哉の「風」とかいう署名記事だ。
読んでるうちに、一体お前はどこの国民なんだといいたくなる一文だ。
そしてまぎれもなく、欧米白人に「取り込まれた」バカ朝日記者だと断言できる。

こう書いている。

 英国立海軍博物館に、ウェルプに乗船していた元士官への95年のインタビューの音声テープが保存されている。
それによると、降伏文書調印式の数日前、相模湾に入った船団をめざし、人が泳いできた。収容してみると、近郊の捕虜収容所から逃げ出した英海兵隊員だった。これを受けてウェルプなど2隻が9月1日、横浜港に入り、倉庫にいた英国や英連邦諸国の軍人44人を救出した。捕虜の多くがげっそりとやせ細り、この元士官は「彼らが強いられた苦難は何ら正当化されない」と鮮烈な印象を抱いたという。


ウェルブと言うのは、70年前の1945年9月2日、東京湾に停泊する英海軍の駆逐艦ウェルプのことであり、米戦艦ミズーリ艦上で行われる日本の降伏文書調印式に向け、英太平洋艦隊旗艦に随伴してきたのだった。
調印式の数日前、ウェルブ号に向かって近郊の捕虜収容者から逃げてきた英海兵隊員がウェルブ号に泳いで逃げてきたというのだ。
そしてウェルブ号などは横浜港に入り、44人の捕虜を救出したのだという。
このまま読めば、おかしいとすぐ疑問が湧く。

日本は同年8月14日にポツダム宣伝受諾を連合国各国(もちろんイギリスにも)に通知している。
だから捕虜収所にいた英軍捕虜も、捕虜ではなくなり、本国からの迎えが来るまでそのまま収容所に住まわっていただけのはずだ。
泳いできた兵士は自国の軍艦を見て嬉しさのあまり待ち切れずに、辛抱しきれずに海に飛び込んだのであろう。
それを逃げてきただの、救出しただのと言う表現はおかしい。
「捕虜の多数がげっそりやせ細り」ともあるが、その当時日本人だって食べるものがなくみんなげっそりとやせ細っていたのだ。
英国人捕虜を特別に虐待したはずもなかろう。
逆に、日本が敗戦を受け入れたのであるから、捕虜担当者は捕虜虐待の嫌疑をかけられぬよう特別丁重に扱ったのではないだろうか。
梅原は、そんなことを詮索せずに、日本人がイギリス人捕虜を虐待していたがごとき印象を与える文章をサラッと書くのだ。
何のために?
おそらくイギリス人の意を迎える為であろう。気に入ってもらうためにであろう。

そして、

 だが、この世代全体にとって、和解は簡単なことではなかった。コータッツィさん自身、45年9月シンガポールでの降伏式に英司令部詰めの空軍少尉補として立ち会っており、親族には、タイからビルマへ日本軍が捕虜を大量動員した泰緬鉄道の建設で虐待された人も複数いる。「日本は時に、英国側がどれだけ強い感情を抱いていたかを忘れがちだ」

と、イギリス人への無条件の同情を示すのだ。
コータッツィさんとは、元駐日大使ヒュー・コータッツィのことだ。

それどころか

 安倍晋三首相は戦後70周年の談話で、英国も含めた元捕虜たちの「耐え難い苦痛」にも言及した。
コータッツィさんはその点を歓迎した上で、こう語る。「謝罪をいつまでも求めるべきだとも思わない。
奴隷貿易について現代の人々に責任を負わせることはできないのと同じだ。だが、大切なのは、何が起きたのかを正しく認識し、
繰り返さないことだ」 


と、コータッツィのイギリス人の旧悪逃れを許し、偽善の寛容さを誉め、すぐさま、

 だからこそ、安倍談話の行間にちらつく歴史認識に対しては、懸念をぬぐえないという。「経済のブロック化などによって『日本は戦争に巻き込まれた』と言わんばかりの言い換えに満ちていた」

などと、コータッツィの安倍首相談話批判を後押しするのだ。
そして最後には、

 もはや数少ない戦争世代。その中でも長年、親日家を任じてきた元英外交官の言葉には、日本人として耳を傾けるべき誠実さがある。(ヨーロッパ総局長)

と、もろ手を挙げて称賛するのだ。
ホンマ、阿保かである。

イギリス人はポルトガル、スペインに続いて、ヨーロッパ白人の先頭に立って世界中の有色人種を苦しめ、殺害し、侵略し、奪略してきた張本人じゃないか。
いうなれば全有色人種の敵だ。地球歴史上の極悪人だ。

幸運にも日本人は強かったからその支配・搾取を受けることなく済んだのだ。同盟まで結んだのだが結局は戦争したのだが。
彼等は、アメリカと一緒になって、正義の連合国が悪のファシズム枢軸国に勝利したという歴史認識を金輪際変えようとはしないのだ。
変えることを許さないのだ。
そんなイギリス人の肩を持つバカ朝日の梅原季哉って記者はまさに「取り込まれた」バカである。



社会・政治問題 ブログランキングへ

アメリカの精神的奴隷 バカ朝日

平成27年9月11日(金)    平成25年9月ブログ開始

アメリカの精神的奴隷 バカ朝日


9月10日 東京本社朝刊 オピニオン 16面
社説 参院審議大詰めへ  「違憲」法案に反対する



かねてよりこのブログ主は次のように言ってバカ朝日を罵っている。
戦前は、戦争と言う国策の遂行に全面協力し、軍部の太鼓持ちを務め、新聞商売の隆盛をみたが、戦後は一転して
戦勝国アメリカの占領政策(日本国民改造計画)の広報宣伝係を務め今日の財を成したと。
即ち敗戦利得者代表でありアメリカの忠犬を務めていると。

敗戦国日本は、マック押し付け憲法、自衛隊創設、日米安保条約、原子力発電、日米構造協議、郵政民営化、TPP 等々アメリカさんのご要望は全て聞き入れてきた。属国の如くに。

今回の安全保障法案もしかりだ。

具体的には、リチャード・アーミテージ元米国務副長官、ジョセフ・ナイ(ハーバード大学ケネディ・スクール教授)というアメリカ政府中枢にあり対日政策を牛耳っている二人が2012年に出した第三次アーミテージ・ナイレポートの内容に応じていることは明確であり、安倍首相もこれに応じて今年4月のアメリカ連邦議会での演説で「日米同盟強化のための法整備、安保法制をこの夏までに成就します」と約束したのだ。

残念ながら安倍首相はアメリカの要請にの唯々諾々と従っているだけなのだ。
勿論政治家として、そのことが日本の国益にかなう。自分の政治信条にかなう。日本の将来にとっても良いことだと確信しての上だが。

だから、バカ朝日にとって標的は明確だ。安倍首相を撃つなら、同時にアメリカを撃たねばならない。
バカ朝日の反安倍記事、社説を読めば、安倍首相は国民をないがしろにして「違憲」法案を成立させる「悪事」をなそうとしているとなっている。
主犯アメリカ政府、従犯安倍政権ではないか。
安倍首相を名指しで非難している以上、名指しでアメリカ政府のオバマ大統領とリチャード・アーミテージとジョセフ・ナイを非難しなければならない。
バカ朝日の記事と社説で同時に両者をだ。

どっかの国の一新聞が、アメリカ政府と政府要人を非難してはいけないなどと言う法はない。

ま、始めに書いたが、
敗戦利得者代表でありアメリカの忠犬を務めているバカ朝日には金輪際出来ぬことだ。

敗戦国日本は、押し付け憲法、自衛隊創設、日米安保条約、原子力発電、日米構造協議、郵政民営化、TPP 等々アメリカさんのご要望は全て聞き入れてきた。属国の如くに。

これらの案件に関しバカ朝日が、直でアメリカ政府を、その担当者を名指しで非難したことがあろうか?
アメリカに従ってきた時の自民党政権を、首相を名指しで紙面でコテパンに非難した如くに、アメリカ政府を政府要人を名指しで非難した案件があっただろうか。
記事と社説にて、アメリカ政府とその要人を名指しで非難・糾弾したことがあっただろうか?
アメリカは日本を属国扱いし、時の日本の政権を一方的に従わせてきたことが明々白々であるのにだ。
不甲斐ない我が国政府を叩いても仕方がないことは判っているのにだ。

今回の社説見出しは、「違憲」法案に反対する、だ。
その「憲法」はアメリカに強いられて作ったものじゃないか。
アメリカ(GHQ)企画・制作・監修じゃないか。
その憲法に違反している?
どこまでバカ朝日はバカなんだ。
いや、バカどころかアメリカから敗戦利得をもらったためにその精神的奴隷になり果てているのだ。



社会・政治問題 ブログランキングへ

論説委員・高橋純子、編集委員・豊修一よ、恩人アメリカに噛み付いてみろ

平成27年9月3日(木)    平成25年9月ブログ開始

論説委員・高橋純子、編集委員・豊修一よ、
お前の御主人アメリカ様にこそ噛み付け。




平成27年9月3日  東京本社朝刊  第1面 
「集団的自衛権行使は違憲」
山口繁元最高裁長官「立憲主義わきまえず」

この記事に以下のように書いている。

 ◆キーワード<砂川事件最高裁判決>
1957年7月に東京都砂川町(現立川市)の米軍基地拡張に反対した学生ら7人が基地に立ち入ったとして、刑事特別法違反の罪で起訴された。東京地裁は59年3月、米軍駐留は憲法9条違反として全員無罪とした。最高裁大法廷は59年12月、
(1)憲法9条は自衛権を否定しておらず、他国に安全保障を求めることを禁じていない
(2)外国の軍隊は、憲法9条2項が禁じる戦力にあたらない
(3)安保条約は高度の政治性を持ち、「一見極めて明白に違憲無効」とはいえず、司法審査になじまない
と判断して一審判決を破棄し、東京地裁に差し戻した。


最高裁判決を指揮したのは田中耕太郎最高裁長官だ。

この記事の前日、下記の記事がある。 

平成27年9月2日  東京本社夕刊  社会 第4面
新聞と9条 砂川事件43 (上丸洋一)
DSC05587_convert_20150903225747.jpg
この記事は、
東京地裁の伊達判決「日米安保は違憲」の判決を聞いて、最高裁でもこれが支持されれば厄介なことになると焦ったアメリカが早速日本の司法に干渉してきたこと。そしてそれに易々と応じている最高裁長官の所業を明かしている。

事の重要さを十分に心得る田中長官は、進んで「アメリカさん、ご心配無用でっせ。最高裁では東京地裁の判決なんか支持しません。違憲判決なんか出しませんよ。全員一致で一審判決を破棄します。私が最高裁判決を指揮するのですから保証しますよ。」
てなもんだ。
これをマッカーサー大使を通じて国務長官に伝えたのだ。

山本太郎が国会で「日本はアメリカの属国かい。忠犬ハチ公もびっくりだ」だ、と毒づいたとおりだ。

しかしそれも致し方ないのだ。いくら司法が独立しているとはいえ、戦勝国にして、憲法を付与したアメリカからは独立し得ないのだ、喧嘩など出来ないのだ。しても勝てないのだ。
それに田中は、日本がアメリカに負け、占領政策を受け入れたがゆえに最高裁長官と言う最高のポストを手にいれることができたのであろう。
優秀な日本帝国先輩裁判官は少なからずが公職追放されていたであろうから。
そして彼自身、現実主義者であったのであろう。
位を極めたサラリーマン裁判官でもあったのだろう。

確かに国民も、最高裁判決は残念だが、現実として、やむなしと受け入れたと思う。
だが、このブログ主は訝るのである。独立国日本の最高裁長官としての矜持、司法の独立を守り得なかった悔しさというものはなかったのであろうかと。
その責任は、日本は独立を果たしたとしながらも敗戦国のままでいることを強いているアメリカ、それに抵抗もしない日本の政治家、そして共産主義国・ソ連とアメリカが角突き合わしている戦後の厳しい世界状況にあることは確かだ。
田中としては如何ともし難かったのではあろう。
だからこそ、独立国の裁判官である自分に不本意な活動を強いたそれらに抗議して判決後、最高裁長官の辞表を叩きつけるべきではなかったろうか。
判決言い渡しの後に、記者団に、

 「判決は政治的な意図をもって下したものでないことをはっきり言っておきたい」
 「自分の意に反する判決が出た場合『裁判所が政治的圧迫に屈した』とか『良心をまげた』とかいう言動が最近多い。
これは裁判の民主社会における役割を理解しない最も危険な風潮です」 田中は記者会見で何回も繰り返した。


などと、言い訳たらたらする前にだ。
ま、こんなことはブログ主の見当違いの甘い期待であったかも知れぬが。

そして田中のことはほっておいて、バカ朝日の今回の記事だ。

集団的自衛権行使は違憲」山口繁元最高裁長官「立憲主義わきまえず」

なる大見出し。

よくもバカ朝日にそんな見出しが使えたもんだ。
砂川事件においては、東京地裁の「日米安保条約違憲」判決を批判し、最高裁の「地裁判決破棄」を支持しておきながら。

そしてこの山口元最高裁長官とか言うおっさん、何をバカ朝日に利用されてんだってことだ。
そもそも、「最高裁で判断するにはなじまない」、「高度な政治的判断に任せざるを得ない」などと言う責任回避。職務不履行。
この最高裁のふがいなさ、現状追認、おもねり、判断責任回避というそれは、砂川事件の田中最高裁長官の「逃げ」、「強いものには巻かれろ」判決から始まったのではないか。
最近の国会議員選挙制度改正議論についての「違憲だが無効ではない」という判決もしかりだ。

それにだ、最高裁が有する「違憲立法審査権」はどうした。
勿論まだ国会で承認されたわけではないから、最高裁は何にも云えないが。
自民党が「今般の安保関連法制は違憲ではない」と言い、野党、マスコミが「違憲だ」というなら、即、「違憲かどうかは最高裁が決めることだ。勝手なことをぬかすな。越権行為は許さん。」と引退した元長官なら意見しても問題ないであろう。

それなのに一新聞の「違憲だ」という一主張に合わせて「違憲だ」とのたまう元最高裁長官の無節操振りって一体何なのだ。

バカ朝日も、野党も「違憲立法審査権」を言い出さないのは、最高裁の判断を仰いでも、「違憲だ」の判決を貰えないのがわかっているからだろう。
しつこいようだが、これも、安倍首相の強気も、「宗主国」アメリカ様のリクエストを受けての案件であるからなのだ。
水戸黄門様の葵の御紋が結局は出てくるのだ。

バカ朝日よ、文句があるなら、お前の恩人アメリカ様に噛み付いてみろ。
今更、主体性無きポンコツ裁判官を連れてきて何をしようと言うのだ。
国民をバカにするな。



社会・政治問題 ブログランキングへ

本質を突かないバカ朝日のバカ記者

平成27年9月1日(月)    平成25年9月ブログ開始

本質を突かないバカ朝日のバカ記者


平成27年9月1日  東京本社朝刊 社会 第39面 
エンブレム使用転用か  五輪組織委佐野市側を調査
他サイトに類似写真


やっと、佐野氏作の五輪エンブレムが却下された。
正に、ブログその他ネットの勝利であった。

新聞はネット情報の後追いをしただけだった。
いつまでたっても本質を突かないバカ朝日にイライラさせられたものだった。
それとも、判っていたけど政治的配慮で書かなかったのか。

今般の当選した東京五輪エンブレム。
勿論それが既に存在した何処かの誰かのデザインのコピー、真似、盗作、パクリ、応用、参考等々であるかどうかの詮索・検証は大切だ。

だがそれ以上に大切なのは、それが公募、コンペである以上、そこに公正なるプロセスが実行されたかどうかである。
八百長、出来レースだったのか、主催者の関知しえぬ策謀があったのかどうかである。
その視点から詮索をするのが新聞であろう。
ましてやこのネット時代にネットで、当選したエンブレムが既存の、他者の作品のコピーだと具体例を挙げて指摘されたのだから。

結論から行こう。
今回の、コンペ。その審査員が8名だ。
たったの8名ですよ。
そんなバカなである。日本中から、いや世界中から大々的に応募作を集めているのですよ。
それをたったの8人で審査し決める。土台おかしい話である。

その8名のうち5人が以下の人物だ。

日本グラフィックデザイナー協会特別顧問の永井一正、
同協会会長の浅葉克己、
インテリアデザイナーの片山正通、
グラフィックデザイナーの長嶋りかこ、
ライゾマティクスの真鍋大度

他の三人は調べるまでもない。

ネット上でいろんなブログが明らかにしているところだが、
上記5人はみんな、当選者の佐野研二郎氏のお知り合いだという。業界の仲間内だという。
何らかの利害関係者であるという。
ならば審査員の知り合いである応募者は、その5人(あるいは8人全員)に、事前に自分の応募作を見せて選挙運動みたいに投票をお願いするとか、さらには共同謀議を図るとかが十分に可能ではないか。
審査員が30人、40人となればそうはいかないが。

誰がどう見ても、佐野氏の作品はネット上で指摘された通り既存のデザインに酷似しており、限りなく黒に近い。
そしてあの審査委員長格の永井一正氏の佐野作品へのこだわりよう。
佐野氏の最初の応募作が、既存の他者の作品に抵触するので改善をお願いして修正をしてもらっただの、デザインに展開力があるだのの説明自体がおかしい。

東京5輪には莫大な予算が投下される。
このエンブレムは、いろんな利用・展開がされてそこに大きな商売・商権が発生する。
ここに至っては、その分配に預かる者たちの仕組んだ八百長、出来レースであると断じざるを得ないのではないか。

組織委員会の選考過程を説明する記者会見が一昨日にか行われたが、
記者たちはこの単純明快な疑問、なんで審査員は8名だけなのか、それも過半数が佐野氏のお知り合いなのは
どういうわけなのかと誰も追及しなかったのだ。
どうしようもない記者達だった。

本日午後6時から始まるという組織委員会の再度の記者会見ではそんなことはあるまいな。きちんと追及するであろうな。

ところで、もっとバカなのは、この記事だ。


平成27年8月25日  東京本社朝刊 オピニオン 第14面 
WEB RONZA
エンブレム問題の本質は
編集長 矢田義一


DSC05583_convert_20150901174621.jpg
認知神経科学者の下條信輔氏の指摘を紹介したものだが、
今回の事件は五輪予算を狙う者達の仕組んだ出来レースかどうかである。

それに、下條氏の言う「コピペ文化と『似すぎているから有罪』と断じる『コピペ警察』が表裏で同時に氾濫しつつある」は大いに結構なことではないか。
コピペ警察があったればこそ、今回の八百長性も露見したのだから。

「より深い科学的理解とコンセンサスを踏まえ、創造性をはぐくむグレーゾーンを維持できる社会システムが必要だ」そうだが、今回の事件とは全く関係がないコメントだ。
公的機関による公募、コンペに不正、八百長、出来レースがあってはならないというだけの話である。

「エンブレム問題の本質」とは全く関係がない。
それこそ頓珍漢なことを言うなである。



社会・政治問題 ブログランキングへ

プロフィール

CHUU

Author:CHUU
昭和20年(1945)年敗戦の年生まれ。
小学生時代からの朝日読者。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
カレンダー
08 | 2015/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
新聞・マスコミ批判
FC2オンラインカウンター
現在の閲覧者数:
カテゴリ
FC2カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
政治・経済
320位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
82位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR