偽シンポ記事をばら撒くバカ朝日記者・北野隆一

平成28年(2016)2月26日(金)    平成25年9月ブログ開始      

偽シンポ記事をばら撒くバカ朝日記者・北野隆一




平成28年2月24日(水)   東京本社版 朝刊  東京 むさしの  第29面
慰安婦日韓合意を考える連続シンポ
千代田で27日と3月19日


そもそもシンポ、シンポジウムが何であるかは、誰でも知っている。
一応、書いておこう。

ネットで検索するとすぐわかる。例えば、「デジタル大辞泉」には以下のように書かれている。、


集団討議の形式の一つ。一般に,一つの問題をテーマに,異なる意見をもつ数人の報告者が意見を発表し,参加者全員によって討論を行う。今日では聴衆の前で行われることも多く,その場合にはこののち,聴衆との質疑応答・討論を行う。

ところが、往々にして左翼団体、人権団体、在日韓国朝鮮人団体などは自分達の決起集会に過ぎないものを「シンポ」と称するのである。
詐称するのである。
いかにも中立な位置から政府の方策や保守団体の運動を取り上げて、それを公平に討論すると前宣伝し、何のことはない実は自分達の政治的決起集会なのだ。
演壇に並ぶスピーカー(報告者)も、主催団体のお仲間ばかりである。
最後あたりに聴衆からの意見を一応求めはするが、それが趣旨に反するものならば、即司会者に封じられるのだ。
終了時間になりました、とか言ってね。
または、圧倒的多数のお仲間の聴衆から罵声を浴び、引き下がらざるを得なくさせられるのだ。

「シンポ」と称せば、中立報道が建前のマスコミ・報道媒体も取り上げるだろうという作戦なのだろうが、先刻、マスコミも実態は判っているからそうそうは取り上げない。
当然バカ朝日も実態を先刻承知ではあるが、そのシンポ主催団体の趣旨に賛同し、応援するために大々的に取り上げるのだ。
バカ朝日もお仲間なのだ。
だからその記事は当然、出来レースの協賛・称賛の羊頭狗肉記事或いは偽シンポ記事、シンポ・シンポ詐欺記事なのだ。

今回のこの記事は、後追いの取材記事ではなく、その偽シンポ、シンポ偽装集会の協賛告知記事である。
その成果は偽シンポ終了後、取材記事として大々的に翼賛記事として報じられるであろう。

そして、偽装シンポであるから、「朝鮮人慰安婦は戦時売春業女性に過ぎなかった」と主張するとか、このたびの「慰安婦日韓合意」を肯定的にとらえるスピーカーは演壇に登場しないし、呼ばれてもいないと断言できる。

今回のこの偽シンポの主催者は、


「日韓合意は元慰安婦の方々の声を聞かず決めたものだ」と批判するグループが企画した。主催は「日本軍慰安婦問題WEBサイト制作委員会」。

とあり、実に正直でわかりやすい。
ところで、
北野隆一による同様の偽シンポ協賛記事は以前に2度取り上げた。
以下の二度だ。




平成26年6月18日 (水)      平成25年9月ブログ開始
編集委員・北野隆一は暴力幇助の反社会的人物だ

 
平成26年6月14日(土)  東京本社版 第二東京 第28面
ヘイトスピーチを考えるシンポ差別温存の社会にメス必要  レイシズム許されぬ空気を


及び、
平成26年7月22日(火)     平成26年9月ブログ開始
暴力扇動記者 北野隆一編集委員

平成26年6月14日(土)  東京本社版 第二東京 第28面
ヘイトスピーチを考えるシンポ差別温存の社会にメス必要  レイシズム許されぬ空気を





事は「ヘイトスピーチを考えるシンポ」と銘打った集会を取材して書いたものだ。
その集会の標題も「シンポ」と銘打っていたが、何が「シンポ」なものか。
実態は、高まっていた「反在日朝鮮人デモ」に対抗する為に、あせった在日韓国・朝鮮人が側が作った「のりこえねっと」と称する組織の決起集会であったのだ。

政治的プロパガンダ活動に過ぎないものだったのだ。

いい加減にしてもらいたいものだ。
前々回の映画「アンブロークン」と言い、今回の偽シンポといい、反日促進記事を垂れ流すのは。

恥を知れ。ジャーナリストの看板を下ろせ。バカ朝日よ、北野ナントカよ。




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国旗掲揚、国歌斉唱は必要です。

平成28年(2016)2月23日(火)   平成25年9月ブログ開始


コメントへのお答え
「国旗掲揚、国歌斉唱は必要です」





平成27年4月28日(火)    
の本ブログ では、  

日本国民であることが嫌なのか。 市川須美子

と題 して、下記の記事

平成27年4月25日(土)    東京本社版朝刊   第13面 教育
国旗国歌どうする国立大
財政を盾に事実上の強制
市川須美子・ 獨協大教授


を取り上げました。

そして、これに対し以下のようなコメントをいただきました。


No title
国立大学の予算の大部分が税金で成り立っていることはわかるが、それによって入学式で国歌を斉唱しなければならないことのなるかが分からない。研究や教育で国民に貢献することが重要であって、入学式で国歌を歌うかどうかは関係ないのではないか。そんなことは各大学の自由に任せておけば良いような気がする。
2016-02-22(02:06) :


これに対するお答えを以下に書かせてもらいます。




コメント有難うございます。

束縛と自由。権利と義務の話にもなります。
まず、人はこの世に生まれてきた以上、何らかの群れ、組織、国・国家に所属しています。
そうでないと生きてはいけません。
何かを食べて動物的にのみ生きることは不可能ではないでしょうが、長くは生き永らえないでしょう。

所属している以上、その群れ、組織のルールに従わねばなりません。束縛されねばなりません。
それは義務です。義務を果たすことによって、その群れ、組織の一員としての権利を保障されます。守ってもらえます。

ルールに従わなくても良いということになれば、義務も権利も無くなり、その群れ、組織は崩壊します。

で、そのルールを誰が何処で作るのかということになります。
国・国家と言うことであれば、それは国会にて国民に選ばれた代表者が、発議し、討議し、採決をし、多数決で決めます。
それが法律となります。
そして国民の行為が法律の無視だとか違反していると訴えられた場合は裁判で決着がはかられます。
これが日本と言う自由主義社会、民主主義社会の国であり、立憲主義、法治主義の国です。

ですから、自分で作りたいルール、法律があれば、国会議員となり国会で活動するということになります。
その法律が成立するまでは現行の法律を守らねばなりません。
そして、肝心なところですが、それが多数決で採決されるか否かは別にして、いかなるルール、法律案を唱えようとも、捕らえられたり罰せられたりはしません。
日本が、憲法で思想の自由、政治的信条の自由が保障されている国だからです。
北朝鮮や支那ではそう言うわけにはいきません。
御承知の事と思いますが。

と言うわけで、
強制されるのは嫌だ、愛国心を押し付けられているようで嫌だなんて理屈は通りません。

>研究や教育で国民に貢献すること

は関係ありません。

>入学式で国歌を歌うかどうかは関係ないのではないか。

ということですが、大いに関係があります。
それは法を無視することであり、守らない事であり、先に述べたように、日本国と言う国家の崩壊に繋がるのです。
勿論、「国立大学の入学式では国旗を掲揚し、国歌を斉唱すべし」と言う具体的な内容の法律はありません。
「国旗及び国家に関する法律」があって、国旗は日章旗、国家は君が代と定められており、其れにもとずき学校責任者が
国の大学の行事であるがゆえに、職権にもとずき国旗掲揚と国歌斉唱をすべしと命じているわけです。
その命令は憲法違反だと訴えられましたが、最高裁においても憲法違反ではないとの判決がでています。

>そんなことは各大学の自由に任せておけば良いような気がする。

とんでもないことです。
学者や教授、大学関係者には、今の自由民主主義体制を壊し、北朝鮮や支那中国のような共産党一党独裁の共産主義国家にしようという者がゴロゴロいるのです。

これは大げさな話ではなく、日本共産党はある時期永く、ソ連の資金援助を受けて、共産主義国家にしようとしていたのです。
ソ連共産党の命令で動く国にしようとしたのです。
共産党の話だけでは不公平なので言いますが、自由民主党もかつて総選挙の折にはアメリカからCIAを通じて選挙に勝てるよう資金援助を受けたことがあるのです。

隙を見せてはいけません。
だから、

>そんなことは各大学の自由に任せておけば良いような気がする。

なんてことを言っていると、日本を支配したいという野望を抱いている他国に乗じられ、国家が危険に晒されます。

ところで、ブログ主は確信しているのですが、圧倒的多数の学生さんは、式典の折には、国立大学に入れた事によって高度な授業が受けられるという権利に浴し、国に感謝しているはずです。
そして、その感謝の念は国家の象徴である国旗を仰ぎ見、国家の御弥栄を願う国歌を斉唱することによって発露していると。
最近では、いい大学に入るのも親の資金力次第だと言われはしますが、公国立大学に入れたのは公平な公開試験と本人の努力の賜物であることに間違いはありません。

強制だの愛国心の押し付けだのというのは、子供じみた事であり、責任ある成人日本人の言う事ではありません。



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堂々と弁明してみろ。バカ朝日よ。

平成28年(2016)2月20日      平成25年9月ブログ開始      

堂々と外務省に弁明してみろ。   国賊新聞バカ朝日




平成28年2月19日(金)       東京本社版 夕刊  総合  第 4面
国連委発言で慰安婦報道追及
本社外務省に申し入れ



新聞はバカ朝日しか読まないものだから驚いた。
この記事にこうある、

 
スイス・ジュネーブで16日に開かれた国連女性差別撤廃委員会の対日審査で、外務省の杉山晋輔外務審議官が慰安婦問題について発言した際に朝日新聞の過去の報道などに触れ、「国際社会に大きな影響を与えた」などと述べた。朝日新聞東京本社報道局は18日、外務省に対し、「根拠を示さない発言」などとして遺憾であると文書で申し入れた。

前半は、
 スイス・ジュネーブで16日に開かれた国連女性差別撤廃委員会の対日審査で、外務省の杉山晋輔外務審議官が慰安婦問題について発言した際に朝日新聞の過去の報道などに触れ、「国際社会に大きな影響を与えた」などと述べた


となっている。
この前半部分こそが、正に肝心なことだ。だが、このことをバカ朝日は単独で特報として大々的に報じずに、
この記事でその事実を引用するだけで、バカ朝日の抗議と言う自社の行動をメインに報じているのだ。
ふざけるな、である。

この期に及んでまだバカ朝日は、姑息にも言い訳たらたら自分の面子を保とうと外務省の正しい行動にイチャモンをつけるのだ。
外務省の国連におけるこの行為。これこそ日本人全てにとって待ちに待った最重要なことなのにである。
これをこそ、まず大々的に第一面で報じるべきであったのだ。

この記事を見てもわかるように、バカ朝日にとって守るべきものは日本の信用、プライド、矜持、歴史的事実では全くなく自社の
評判なのだ。嘘つき新聞・捏造新聞と言う汚名を避けたい邪心なのだ。

バカ朝日を国賊新聞と呼ばずして何をそう呼べばよいのか。

勿論、バカ朝日の卑劣な報道が、がやり玉に挙げられているから取り上げる事が叶わなかったのであるがな。
ざまーみろ。自業自得だといったところだ。

しかし、腰抜けの、事なかれ主義の、怠慢、不作為、右顧左眄のゆえに、外務省官僚が終戦以来70年間も、わが日本の名誉を顧みなかったことは、国民等しく憂慮に絶えなかったことである。
如何なる戦後レジュームという桎梏があったにせよ、一片の愛国心の発露もなかったことは情けない限りである。一体誰の為に、何の為に外務省に奉職したのだろうか。
己が虚栄のためか?己が立身出世の為か?己が見栄のためか?己が身の安泰の為か?
とさえブログ主は疑ってきたのだった。


朝鮮人慰安婦の強制連行などなかったという厳然たる事実、それも20万人もの朝鮮人女性を性奴隷にしたというのだ。
バカ朝日と左翼人士と韓国政府・民間等が画策した腹黒い国際的いいがかりに国としてやっと対峙したのだ。
外務省が終に国連において具体的に反論をしたのだ。

この事実は即日、新聞第一面で大々的に報じてもよいはずだ。
戦後70年、よくぞ外務省が立ち上がってくれたかと。
それをこの記事は一体何だ。読者を、国民を馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたい。
もうバカ朝日には何も期待できない。
消え去ることを願う事のみだ。

だが、今回の事は、戦後の日本を縛っているいろんな桎梏、即ち戦後レジュームをほんの僅かだが破ることが出来たという一例に過ぎない。
最近ほんの少し日本にいい風が吹いたのに乗っかっただけなのだ。政府が、外務省が自らの力でブレイクスルーしたわけでないことは判っている。

国連と言えば戦勝国クラブ、先に大戦で勝利した傲慢な大国が仕切るサークルだ。
その大国が敗戦国日本に負わしてきた汚名を、不名誉をそそぐようなことが我が外務省に出来たのはなぜか?
大体の察しはつくが、それをこそ新聞は書くべきなのだ。
もう行っている新聞もあるようだが。

ついでに、今回外務省が国連で行った、国連女性差別撤廃委員会における杉山審議官の主な発言をバカ朝日のデジタル版から引っ張ってきたので、バカ朝日に言及した発言部分を下記に記しておく。
本当は、これをこそバカ朝日は本紙で書くべきなのだ。

こうなっている。

 これまで申し上げたことに加えて、次のとおり主要な点、重要ですので口頭で申し上げます。
 まず書面でも回答したとおり、日本政府は日韓間で慰安婦問題が政治・外交問題化した1990年代初頭以降、慰安婦問題に関する本格的な事実調査を行いました。しかしながら日本政府が発見した資料の中には軍や官憲による、いわゆる強制連行というものを確認するもの、確認できるものはありませんでした。

 慰安婦が強制連行されたという見方がひろく流布された原因は、1983年、故人になりました吉田清治氏が「私の戦争犯罪」という本、刊行物の中で、吉田清治氏自らが「日本軍の命令で韓国のチェジュ島において大勢の女性狩りをした」という虚偽の事実を捏造(ねつぞう)して発表したためであります。この書物の内容は当時、大手の新聞社の一つである朝日新聞社により、事実であるかのように大きく報道され、日本、韓国の世論のみならず国際社会にも大きな影響を与えました。しかしながら、この書物の内容は後に複数の研究者により完全に想像の産物であったことがすでに証明されています。

 それが証拠にこの朝日新聞自身も、2014年8月5日および6日をふくめ、その後9月にも累次にわたり記事を掲載し、事実関係の誤りをみとめ、正式にこの点につき読者に謝罪をしています。また、「20万人」という数字も具体的な裏付けのない数字であります。朝日新聞は2014年8月5日付の記事で、女子挺身(ていしん)隊とは戦時下の日本内地や旧植民地の朝鮮・台湾で女性を労働力として動員するために組織された女子勤労挺身隊を指す、目的は労働力の利用であり、将兵の性の相手をさせられた慰安婦とは別だ、としたうえで、「20万人」との数字のもとになったのは、通常の戦時労働に動員された女子挺身隊と、ここでいう慰安婦を誤って混同したことにあると自ら認めているのであります。
 なお、「性奴隷」といった表現は事実に反します。
 

以上コピー終わり。

今般の映画「アンブロークン」でもわかるように、意識的にか無意識的にかはさておき、日本を野蛮な国、サディストの国、悪魔のような異教徒の国、かつての白人国家同様の奴隷制のあった国にしておきたいとする個人、組織、国家はいっぱいあるのだ。
そして情けないことに、そんな勢力に組する日本人もいっぱいいるのだ。

その典型が、映画「アンブロークン」を広報・宣伝・協賛するバカ朝日の石飛徳樹、藤エリカ、岩崎生之助、石川智也、山中季広、、映画評論家秋山登等だ。



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アンブロークン  映画バカ  秋山登 登場 

平成28年2月15日(月)    平成25年9月ブログ開始

 映画アンブロークン 映画バカ 秋山登 登場




2月12日(金)       東京本社版 夕刊  文化第 4面
(評・映画)「不屈の男 アンブロークン」 実話にみる崇高な人間愛



またまた「アンブロークン」だ。
今度は映画評論家が推薦している。
この映画、バカ朝日が何度も何度も広報・宣伝・協賛している映画だ。

今の世は、いつの間にか、メディアが映画製作に金を出し、それを当のメディアで宣伝しまくるというのが当たり前になっている八百長の世界だ。
この映画もバカ朝日が出資しているのではないかと思わせるほどだ。
調べてはいないが、バカ朝日には沢山の利益を共有する関連会社、子会社がある。
そのうちの一社が出資しているのではと思わせるくらいだ。

そして、バカ朝日がこんなに広報・宣伝に努めても、いまだ世間は「笛吹けど踊らず」の状態だ。

しゃーない、こうなれば確実な映画ファンだけでも動員しようって魂胆だ。
で、秋山登とかいう映画評論家の登場だ。

ブログ主とて、物心ついた小学校上級生、中学・高校生の頃は、映画に傾倒したものである。嵌ったものである。
それも、アメリカ映画にだ。戦後間もなくで、日本映画は制作本数自体が少なかったこともある。
GHQの後押しもあったのだろう。次々とアメリカ映画が公開された。キリスト教会もやたらに増えたものだった。

いずれにしろ子供にとっては、アメリカ映画の面白さ、素晴らしさと言ったらなかった。
嵌るはずだ。今の小学生がゲームに嵌るように。

嵌っていた時は、洋画なら嬉々として観た。
アメリカやヨーロッパに一生のうちに行けることなんかあるのだろうか?
アメリカ映画に出てくるような素晴らしい車を持てるようになるのだろうか?
とさえ思っていた時代であったから、そこに白人が映っており、外国の風景が流れているだけで面白かったのである。
どんなBC級映画であれ、洋画と言うだけで、面白く観たのだ。

だが、その「嵌り」は成人になってまでは続かなかった。だんだんと遠ざっかって行った。
他にも色々興味の対象が出てきたからね。
二十歳も過ぎると、映画は評判の良い物ぐらいしか観なくなった。

だから映画評論家なる者は、きっと一貫して映画に嵌ったままの人達なのであろう。
映画であれば嬉しいのだ。映画であれば賞賛すべきものなのだ。
いかに一般人にとっては下らない映画であろうともだ。
そういえば、お亡くなりになって久しい映画評論家の淀川長治さんも「面白くない映画なんて見たことがない」とおっしゃっていた。
(いや、「悪い奴には会ったことがない」だったか?)
ま、この秋山登と言う人も、しかりだろう。

こちとらは、今やそこまでの映画ファンではない。
映画によっては下らなさで腹の立つことも再々だ。
その一つが、このたびの映画「アンブロークン」だ。

確かに撮影が素晴らしい、セットもそれらしく作られ、金がかかっている。音楽も、役者の演技もそれなりのものなのであろう。
だが、根本的におかしいのだ。胡散臭いのだ。平凡な日本人であるこのブログ主が嫌悪感を催すのだ。

秋山さんは書いている。

 主題は重層的だ。表層には不屈の精神への賛美がある。その下の層には反戦の祈りがある。そしてもっと深いところに〈赦(ゆる)し〉という崇高な人間愛がある。

と。

>表層には不屈の精神への賛美がある。

と言うが、
そんなものは感じ取ること出来なかったぜ。秋山さんよ。
主人公は、オリンピック選手であったほどに体力に恵まれ、空中戦では撃たれず、海に墜落しても溺れず、横になるだけで精いっぱいの屋根もない、食料も水もない救命ゴムボートで、なんと47日間も3人で、太平洋を漂流し、最期には日本軍に救出され、三度の飯は保証された捕虜となったのだ。つまり、多くの仲間と違って死ななかった。運が良かったのだ。

そんなので、「不屈の精神への賛美がある」と言われてもね。不屈の精神関係ないでしょ。
体力があり運が良かった。それだけだ。身一つで死なずに、47日間も太平洋を漂流したというのには、どうしても疑問符が付くが。
確かに、「へこたらずに頑張れば必ず報われる」(だったかな?)という励ましのセリフはしばしば出てきたが、運動選手は誰でもそう信じて練習してるんです。

>その下の層には反戦の祈りがある。

おいおい、そんなのどこにあった?

>そしてもっと深いところに〈赦(ゆる)し〉という崇高な人間愛がある。

って?
これまた、そんなものどこにあった?

主人公が、日本人を赦す場面なんか一度もなかったぜ。
あるいは、過酷な境遇から生還できたことに対する神への感謝表明の場面さえも、確か一度もなかったぜ。

それどころか、あるのは、異教徒である日本人への悪意だけではないか。
ホント、秋山さんは解せぬことを書くものだ。

既に前の回のブログに書いたが、
主人公が、意味もなく大きな角材を背をわされて痛めつけられるシーン。
これは、自身が吊るされ十字架を背負わされてゴルゴダの丘に鞭打たれて向かう受難のキリストであることは明白だ。
何故、アンジェリーナは日本人をキリストをいたぶる異教徒になぞらえねばならんのか?
そして、海に入って服を脱ぎ体を洗えと命じられる捕虜たちの場面。
これなんて正に、ガス室に入れられる前に全ての衣服を脱がされるユダヤ人ではないか。
何で日本兵をナチスに擬えねばならないのか?
他にも、もっとあるんじゃないか?日本人をコケにしている場面が?
ブログ主が物知りならもっともっと指摘出来るのではないか?
石炭運びの場も、エジプトに囚われて、ピラミッドだかの巨石を鞭打たれて運ばされるユダヤ人奴隷そのものじゃないか?

要するこの映画は、何度も言うが、アンジェリーナの「悪意の映画」である。それも日本人に対する悪意の。
キリスト教徒以外は野蛮人なんだ。とりわけ、優秀な民族ではあるが異教徒日本人は。
でなければこんな映画作れるはずもない。

それを秋山登という映画評論家は褒めそやすのだ。其れも崇高な人間愛とまで言ってだ。
正常な日本人じゃない。単なる映画バカだ。

最後に秋山はこう書いている。

 なお、この作品の日本公開が、日本兵の残虐行為を理由に見送られかけたという呆(あき)れた実話を、ここに言い添えておきたい。(秋山登・映画評論家)

と。

>日本兵の残虐行為を理由に見送られかけた

と言う。

見送るのは当たり前じゃないか。至極真っ当じゃないか。
日本人はマゾヒストの集団ではない。
白人コンプレックスの塊りでもないのだ。
日本人を馬鹿にした西洋映画を喜ぶほどの、今やお人好しでもない。

秋山こそ、反日の、マゾヒストの、白人映画に魂を抜かれたままの映画少年から成長しない、呆けた、映画バカにすぎないのだ。

優れてバカ朝日の同人でもある。



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「映画アンブロークン」 。頭大丈夫か?石飛徳樹、藤エリカ

平成28年2月9日(火)    平成25年9月ブログ開始
 
「アンブロークン」。 頭大丈夫か?反日映画の宣伝屋 石飛徳樹、藤エリカ




平成28年2月9日(火)  東京本社朝刊 文化・文芸  27面 
映画「不屈の男 アンブロークン」上映始まる
ゆるす心のたくましさ
アンジー監督に聞く



一昨日に続いてまたまた「アンブロークン」の広報宣伝記事だ。

バカ朝日は、この映画上映に反対する動きに対し昨年からさんざん取り上げて、上映反対者の「不寛容性」、自粛の空気を、非難してきた。
その取り上げようは、目ぼしいものだけでも以下の通りだ。



●平成28年2月7日(日) 東京本社朝刊 社会  34面 
日本兵の捕虜虐待描く アンジーの映画公開
「反日とは感じなかった」
「暴行の描き方に違和感」
(岩崎生之助、石川智也)


●2016年01月27日 東京 朝刊 都区内・2地方
自主規制の風潮に危機感 「反日」批判の映画「アンブロークン」 日大試写会/東京都

 
映画学科1年の木村風太さん(18)は「反日的という印象は無かった。これで公開が決まらなかったことが不思議」と話した。


●2016年01月17日 東京 朝刊 2総合
(日曜に想う)9条シャツ、9条せんべい 特別編集委員・山中季広

 いま、時代の狭量さを示す例にはこと欠かない。映画、服、せんべい。いくらでも挙げられるのが情けない。


2015年12月14日 東京 夕刊 文化芸能
(評・音楽)MIYAVI 躍動と熱気生む、超絶ギター


映画「アンブロークン」で悪役の日本兵を演じて賛否両論起こっているが、この日は最近の世界情勢に触れて「価値観の違いを拒否する前に共存する勇気が必要では」とコメント。そうした思いを込めた曲と紹介した「The Others」を観客と共に歌った。超絶なギター演奏を第一に置きながら、芯のあるエンターテイナーとしての立ち位置を示した1時間だった。(今井智子・音楽評論家)

●2015年10月23日 東京 朝刊 文化文芸
(表現のまわりで)屈せず伝える、人の強さ 映画「不屈の男」、日本公開へ


歴史の一側面を振り返るのは大変なことで、目を背けたい人もいるかもしれない。でもこの作品には、米日関係に対するすばらしいメッセージが込められている。ラストシーンを見てもらえればわかる」
ナチスを極悪非道に描く映画はハリウッドでも数多く作られてきた。米国在住のドイツ人映画記者は「この『不屈の男』とは比べものにならないぐらいひどい描かれ方をしても、ドイツ人は気にしないのに」といぶかった。ドイツには極右のネオナチがいる。ミュンヘン在住のフリージャーナリスト福田直子さんは「しかし、上映阻止の動きにまで発展したことなど聞いたことがない」と話す。

●2015年10月22日05時11分
アンジー監督映画、日本公開へ 捕虜描き「反日」の声も
編集委員・石飛徳樹、藤えりか


●2015年3月17日19時51分(朝日新聞デジタル)
TOPICS/反日?映画、遠い公開 旧日本軍の捕虜虐待描くアンジー作品

THE HUFFINGTON POSTから)アンジーの映画は反日ではない
ネットで渦巻く映画への批判を「見ていない者の評はあてにならない」とした上で、「日本が映画関係でも『情報鎖国』にはならないでほしいと思っている」と述べ、遠く離れた日本の言論状況を憂慮している。(吉野太一郎)


●2015年2月18日05時00分(朝日新聞デジタル)
(THE HUFFINGTON POSTから)アンジーの映画は反日ではない
ネットで渦巻く映画への批判を「見ていない者の評はあてにならない」とした上で、「日本が映画関係でも『情報鎖国』にはならないでほしいと思っている」と述べ、遠く離れた日本の言論状況を憂慮している。(吉野太一郎)
編集委員・石飛徳樹、藤えりか





そして今回と、よくもしつこくこんな反日どころか悪意に満ちた人間の敵の如き映画を宣伝・広報出来るものだ。
なら、ブログ主とて更に書かざるを得ない。

そう、「悪意に満ちた人間の敵の如き映画」と断じる証拠をもう一つ上げておこう。
前回(2月7日)本ブログにて、実際にこの映画を見て、主人公を受難のイエス・キリストに見立てた場面のことを書いた。
それは、日本兵を、キリストを十字架にかけた許されざる、野蛮なる異教徒扱いしているのだが、
今一つが、主人公をイエス・キリストに見立てたこの場面に続く場面である。

捕虜たちが、石炭運びの苦役を課されているところだが、そこに米軍のB29爆撃機が多数飛来してくる。
それを見て、捕虜たちはアメリカが勝ったと喜ぶ。
捕虜達は集められて、日本軍責任者から、戦争が終結した旨を告げられる。
当然、映画の観客も捕虜は解放されるであろうとおもう。ハッピーエンドだと。
ところが、彼等は、銃を構えて取り囲む日本兵に促されて、作業場から続く船着き場へ誘導され、そこから海に入って体を洗えと命ぜられる。体を綺麗にしろと。
汚れに汚れた服を海に浸かりながら脱ぎ始める彼等。
やっぱりなと、ブログ主は思ったぜ。アンジーやりやがったなと。
この場面、ユダヤ人がガス室に送り込まれる前に全員服を脱がされる場面じゃないかと。
日本兵を、日本人をあのナチに見立てているのだ。

よりによって日本人をナチに見立てるとは。どこまで日本人をコケにすれば、貶めれば気が済むというのだ?

監督のアンジェリーナ・ジョリーというキリスト教白人女の悪意に心底腹が立ったぜ。
何が「反日映画ではない」、「許しの物語だ」、「普遍的なテーマを扱っています」、だ。嘘つき女め。

そして、こんな映画を推薦するバカ朝日の石飛徳樹、藤エリカ、まだいたな、石川智也、岩崎生之助・・・
反日の輩どころか、反人間の輩だ。人間の屑だ。

ブログ主の怒りはおさまらない。



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岩崎生之助、石川智也、石飛徳樹、藤えりか、、、バカぞろい

平成28年2月7日(日)    平成25年9月ブログ開始

岩崎生之助、石川智也、石飛徳樹、藤えりか、、、バカぞろい




平成28年2月7日(日) 東京本社朝刊 社会  34面 
日本兵の捕虜虐待描く アンジーの映画公開
「反日とは感じなかった」
「暴行の描き方に違和感」
(岩崎生之助、石川智也)


この映画についてのバカ朝日記事に付いて書くのは、今回が確か2度目だ。

探してみると、一度目はこれだった。



平成27年11月1日(日)    平成25年9月ブログ開始

石飛徳樹、藤えりか、石川智也
日本貶め映画の広報・宣伝係


平成27年10月23日  東京本社朝刊 文化・文芸  35面 
表現のまわりで
屈せず伝える人の強さ
映画「不屈の男」、日本公開へ

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ブログ主は、映画を見ずに、ここでこう書いていた。

なんのことはない、この映画は戦時の捕虜担当日本兵をだしにして、白人キリスト教徒(だろ?)「不屈の男」とやらの寛容なる赦しを描いたとする手前味噌映画じゃないか。
日本人をバカにするのも、虚仮にするのもいい加減にしろ、である。


更には、

日本でも公開されないと儲からない。
何とかしたい。
そこに販売促進、広報・宣伝を買って出たのがバカ朝日、石飛徳樹、藤えりか、石川智也だ。
歌手として一定のファンを持っているであろうMIYAVIを利用する戦術も使ってだ。

バカ朝日の卑劣な思いは、この映画で日本人に、特に若者に日本民族に対する劣等意識を、自虐感を、反日観をもたせたいというものだ。
何のために?
日本人を弱体化し、日本国をアナーキー化するために、そして唯物思考・史観を植え込み易くするためにだ。そして共産国化するためにだ。
だから、アメリカ白人の作った恥ずべき反日映画をも、その目的のためには広報・宣伝して恥じるところがないのだ。




とも。

そして今回の記事。
何のことはない。こうある。

6日朝、東京・渋谷の映画館シアター・イメージフォーラム。100余りの座席は7割ほど埋まった。映画館によると、上映に反対するメールが1、2通届いたが、トラブルなどはなかった。

ということは、その反対運動も終息していたのだし、さしたる社会問題にもされていなかったのだ。
なのにわざわざ、今回、寝た子を起こすが如く、しつこく取り上げたのだ。
マッチポンプ新聞、新聞商売屋ならではだ。

この記事は、こう言って締めている。

日本では数年前、中国人監督の「靖国 YASUKUNI」や、和歌山のイルカ漁を糾弾した米映画「ザ・コーヴ」の封切りが、抗議活動で延期された。このとき上映を後押ししたメディア批評誌「創」の篠田博之編集長は「今回、公開にこぎ着けたのは良かったが、これだけ長期間上映できなかったことは憂慮すべき事態。日本社会の不寛容さや自粛の空気は危うい。言論や表現に携わる人間は、表現の自由についてもう一度考えるべきだ」と話した。(岩崎生之助、石川智也)

はいはい、ご苦労様ってことだ。

所で、このブログ主、物好きにも、時間があったものだから、今回渋谷の劇場に足を運んで見てきたのだ。
貴重な時間をかけて、シニア扱いとは言え大枚千二百円も払ってだ。
で、やっぱり後悔した。見るまでもなかったと。
それに、客の入りもやはり70%くらいだった。

そして、一回目の見るまでもなく書いた感想どおりであった。

実際に映画を見ると、日本人軍曹(?)MIYABIのサディスチックな捕虜虐待の行いを、これでもかこれでもかと、延々と描くのだ。

見ていて、よくもそんなに日本人をサディストに描けたものだと。理性の一かけらもないのだ。
そこには何故そこまで暴力を振るうのかの合理的理由、説明がないのだ。
いや正確には、あった。「アメリカ兵は日本の敵だ。」というMIYABIのセリフが。

「敵だ」というセリフ一つ言わせるだけで、無防備無抵抗の100%哀れな捕虜にかくも暴力を振るわせる映画を作ったということは、監督のアンジェリーナ・ジョリーがアメリカ人を代表して、アメリカ白人の日本人に対して持っている理不尽な「日本人は野蛮人」と言う差別意識と、アメリカ白人の非人間性を証明していることに他あるまい。
しつこく奴隷制を固持し、アメリカ先住民インディアンを何のためらいもなく虐殺し得たはずだ。
それにしても、アンジェリーナ・ジョリーってとんでもないカン違い女だ。
地球上に等しく生を与えられている人間・人類の敵と言っても過言ではないとブログ主は確信した。

そしてあるのは、キリスト教、イエス・キリスト教徒の優越意識。
その底の浅さには阿保らしさを通り越して、笑ってしまった。

その顕著な場面はこうだ。
例によって何百人ものアメリカ兵捕虜が奴隷労働宜しく日本兵の暴力的監視のもと、鞭打たれるが如く、石炭運びの苦役をやらされている。
どういうわけか、主人公の捕虜が一人だけMIYABI軍曹のもとに引き出され、そこにある2mもあろうかという太い角材を担げと命ぜられる。
と、ここでブログ主はすぐ気が付いた。
あのイエス・キリスト。処刑の場ゴルゴダの丘まで自分が吊るされる重い角材の十字架を背負わされて引き立てられて行く、余りにも有名な、等しくキリスト教徒が涙するシチュエイション。
ここで使いやがったかと。

角材を落とせば銃殺するという。そこで踏ん張る主人公。石炭運びで体力使い果たしているであろうにだ。
あろうことか終には、頭の上にまで掲げて見せたのだ。奇跡だ。
観客となってこれを見ていた捕虜たちも大喜びだ。
キリスト教が勝利した感動の場面だ。野蛮人に勝利した瞬間だ。
それを見て恐れおののく異教徒MIYABIサディスト軍曹は、負けた悔しさで主人公をめったやたらに蹴りつけるしかないのだった。

これ、すれっからしのこのブログ主ならいいよ。だが、世の中の事まだ何にも知らぬ日本の小学生・中学生・高校生がみたらどう思う?
反日映画どころじゃありませんよ。

ま、それにしてもだ、毎度のことながら、この映画を推薦するバカ朝日の岩崎生之助、石川智也、石飛徳樹、藤えりか等々
バカ、バカ、バカである。



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Author:CHUU
昭和20年(1945)年敗戦の年生まれ。
小学生時代からの朝日読者。

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