こんなことが許されてよいのか ?「真昼の悪魔」帝塚山学院大学・清田治史教授

平成26年9月15日(月)     平成25年9月ブログ開始
こんなことが許されてよいのか
「真昼の悪魔」帝塚山学院大学教授・清田冶史
バカ朝日の邪悪例



週刊新潮 9月18日 菊咲月増大号
P.27
続・おごる「朝日」は久しからず
大学で「ジャーナリズム論」を講義する「吉田証言」執筆記者


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バカ朝日批判・糾弾の新聞、週刊誌、月刊誌が沢山出ている。
それら全てに目を通す時間も余裕もないが、週刊新潮は毎号購読しているので一応同誌のバカ朝日糾弾記事には目を通した。

特筆すべきはこの記事だ。
そして、この記事が正しいという前提のもとに以下に書く。

バカ朝日による詐話師・吉田清治のウソ話と彼にまつわる記事を小生も1982年9月から何度も読まされてきた。
バカ朝日における最初の吉田のウソ話を読んだ時、其れが余りにも生々しく、まさかこんなことを嘘で語れるはずもあるまい、しかも当の本人が名前と顔を出してだ。本当なのだと暗澹たる気持ちになったのを覚えている。
自虐にならざるを得なかったといってよい。
ところが、バカ朝日に騙されたのだ。
怒り心頭とはこの事だ。
バカ朝日めよくも騙したな、だ。

新聞記者、ジャーナリストに絶対に必要不可欠な職業上の義務とは何か。
これを怠れば最早新聞記者でも、ジャーナリストでもない。
ただのゴシップ記者だし、デマゴギストだ。
と言うより単なる嘘つき野郎、下司だ。

義務とは記事にするにあたっては裏を取ると言うことだ。
裏を取ってそれが真実なら何を書いても良いとも言える。

ところだどうだ?
詐話師・吉田清治の作り話を真実として最初に取り上げた現在帝塚山学院大学の教授職にある清田冶史の場合は。

最初の記事が1982年。詐話師・吉田清治は済州島で1943年に慰安婦狩りを行ったと言うのだ。
その間約40年。当時17,8の娘さんならまだ57、8歳だ。
当時の記憶を持つ島人は沢山いるはずだ。
しかも、済州島と言えば九州から近い、1982年当時でも船の定期便で数時間で行ける。
現に九州の人で、遊びに行く人は当時沢山いたと、そして今も沢山いると聞く。
要するに簡単に行けたのだ。
ならば当然吉田証言の裏を取ることは簡単であったし、取らねばならなかったのだ。

其れが発表されれば外交的にも国民感情的にも大問題を引き起こすことは必至であったのだから。
日韓・日朝間はもちろんのこと国際社会においても重大かつこれ以上ないと言って良いほどの関心を呼ぶネタであったのだから。
日本が非難の的となり、日本人の誇りさえ消し飛んでしまうことは容易に想像できることであるのだから。

だから裏を取らないで大々的に記事にしたなんてことは考えられないのだ。
例え作為の謀略記事としても、裏は取っているはずなのだ。裏取り作業を行って真実を掴んでおいてこそ、巧みに謀略記事を仕立てることが可能なはずだ。
記事を読んでそれを現地に確認に行く読者も出てこようから、その対応策も準備しておかねばならないからね。
そして必ずや真実は明らかになるものだからね。

裏取りを行ったのかどうか、その結果はどうであったのか。
或いは、考えられぬが、本当に裏取りを行わなかったのか。
清田冶史記者の当時の上司は裏取りを命じなかったのか等々
その辺りをバカ朝日は言わないのだ。

それにしても、他のマスコミ、新聞・週刊誌・月刊誌・TV局等々は裏取りに動かなかったのか?
或いは外務省など政府関係者も?
朝日の書くことだからと、信用したのか?
これはこれで大問題だ。
バカ朝日に一杯喰わされた大バカ者達だ。


いずれにしろ、今のところこう考える。
裏取りを行ったかどうかに関らず、清田冶史は新聞記者でもないしジャーナリストでもない。
何かを意図した謀略家、政治的工作者か、もしくは、自分がいかなる反社会的行為をしているのかも判断できぬただの無責任デマゴギストだ。

言えることは、日本人(小生もその中に入る)を苦しめ、国際社会での信用を失墜させ、国家・国民を毀損した犯罪者売国奴だということだ。
犯罪者とは必ずしも裁判で懲らしめの刑をくらった者だけではない。

そして今や、帝塚山学院大学の教授として「ジャーナリズム」について教えていると言う。
「真昼の悪魔」(遠藤周作の同名小説の主人公とは関係ないが)と言う言葉を思い出した。
清田教授こそ「真昼の悪魔」と呼ぶにふさわしい。

いずれにしろ、こんな馬鹿な事があってもよいのか?
こんな不正義がまかり通ってよいものか?

げに恐ろしきものよ。バカ朝日の所業は。

しつこいようだが再度言う。
平和な学園に紳士ヅラして、無垢な女子大生相手に教鞭をとっている教授の中にも「悪魔」はいるのだ。
かつて新聞記者という肩書を持ち、しかるべきポジションにいたのではあるが、「記者」というのは仮の姿で実体は「悪魔」だったのだ。新聞記者と言うのは詐称だったのだ。
バカ朝日はこんな「犯罪者」、「悪魔」を飼っていたのだ。
バカ朝日はこんな「犯罪者」、「悪魔」を世に送り出しているのだ。
勿論、本多勝一、植村隆も同類だ。

朝日を「バカ」と呼び「邪悪」と言う由縁である。


以下、帝塚山学院大学ホームページからコピー
<span style="color:#000000">清田 治史 教授

最終学歴 早稲田大学政治経済学部卒業、ハーバード大日米プログラム客員研究員
学位 経済学士
現職 人間科学部情報メディア学科教授、国際理解研究所長
専門分野 文章表現、ジャーナリズム論、マスメディア論
担当科目 文章表現Ⅰ、現代を読む、市民とジャーナリズム、新聞・出版論、報道の倫理と行動規範、報道の権利と義務、写真ジャーナリズム、ゼミ指導


海外特派員も含む新聞記者活動、新聞・民放経営の経験と蓄積を踏まえ、マスメディアとジャーナリズムの現状、今後を、学生といっしょに実証的に検証し、考えていく。教材も日々の新聞記事やTVドキュメンタリーをふんだに使う。
文章表現では、就活のエントリーシート、リポートや卒論・ゼミ論、小論文作成に役立つ実践的な指導をめざしている。


ジャーナリズムの核心としての調査報道、その現状と展望ネット時代におけるマスメディアとネットの競合・融合・協力の行方
文章表現の実践的教育


共著「爆心――中島の生と死」(1986、朝日新聞社刊)
共著「北朝鮮問題をどう解くか」(2004、聖学院大学出版会)
共訳「パクチョンヒ――その権力の内幕」(1988、朝日新聞社刊)
朝日新聞社マニラ・ソウル特派員時代の特電多数


日本マスメディア学会会員、大学朝日人の会大阪支部長


高度成長時代を生きてきた世代のひとりとして、「失われた20年」「不透明な時代」に身を置く現代の大学生たちの生きづらさを思わざるをえない。しかし、時代の霧はいつか必ず晴れるときが来る。皆さんにはそうした「不透明さ」を自力で切り開き、新たな時代の扉を開ける存在になってほしいと心から願っている。そのためにも学業とそれ以外の分野で、それぞれひとつずつ学生時代の思い出、記念になることに挑戦してほしい。学生時代の貴重な体験は、今後の皆さんの人生航路に灯台のような役割を果たしてくれるはずだ。二度とない学生時代を全力でチャレンジしてほしい。


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昭和20年(1945)年敗戦の年生まれ。
小学生時代からの朝日読者。

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