日本国民であることが嫌なのか?市川須美子

平成27年4月28日(火)    平成25年9月ブログ開始

日本国民であることが嫌なのか。 市川須美子




平成27年4月25日(土)    東京本社版朝刊   第13面 教育
国旗国歌どうする国立大
財政を盾に事実上の強制
市川須美子・ 獨協大教授

国旗国歌どうする国立大」などと巨大見出しでわざわざプロパガンダする毎度の謀略新聞・バカ朝日。

国旗掲揚、国歌斉唱に反対する者たちが必ず持ち出すのが、このおばさんも言っている
これだ。

思想・良心に自由に反する。

馬鹿の一つ覚えだ。

思想・学問・良心の自由などと高尚(?)な言葉を持ち出して、国旗掲揚・国歌斉唱がまるで時代遅れの野蛮で、低級な行為であるかのごとき印象を与えようとするいつもの似非インテリの詐術である。

そもそも思想することは脳内の活動だ。外からは見えない。
何を想像しようが、何を妄想しようが、どんな学説を構築しようが、どんな悪事を企てようが勝手だ。
そんな脳内活動を何ものも制限なんて出来っこないのだ。
ましてや国旗を掲揚し、眺め、国家を斉唱することと何の関係がある。
たとえそれが強制されたとしてもだ。

今一つ、良心の自由。
なんだこれって?
おそらく、自分は争いたくない、人を傷つけたくない、喧嘩したくない、戦争したくない、戦争に行きたくないというこの思いのことを良心というのであろう。
そして、この良心は尊重されなければならない。この良心に反することを強制してはならない。
というのがその意味であろう。
これとて、国旗を掲揚し、国歌を斉唱することの義務化とは何の関係もない。
国旗や国歌が戦争に行けと命じるのではない。

国旗掲揚・国歌斉唱の目的は、明々白々だ。
国民の連帯感を養い、国難に遭った時には、国民団結して乗り切ろうぜということ。
我々はこの国に帰属しこの国を豊かに発展させていくのだという思いを新たにし、
同時に、この国を数千年にわたり営々と築いて下さったご先祖様の御蔭と、そして只今の自分たちの世代に感謝すること。
そして何よりも大切なのは、アイデンティティーだ。この国にそれを感じ、心の平安を得ることなのだ。

団結心、チームプレイがなければ敵に勝利することはおぼつかない。滅ぼされてしまうのである。
人は自分ひとりで生きていけるわけがない。この国に生まれ育てられてきたからこそ生きていけるのだ。
その感謝の念を持つのが人の道だ。
もちろん人によってはそんな恩恵これっぽっちも受けてないと反発する者もいるであろう。
たとえそうだとしても、この国を、社会を良くしようという思いは捨ててはならないのだ。
アイデンティティー。人はこの社会で生きていく以上、自分の名前から始まって、その国籍は、その民族性は、両親は、家族はと、そのアイデンティティーを得ることなしには生きて行けないのではないか?
もちろん社会とは関わりなくても、食事さえしていれば動物としては生きては行けるだろうがね。

 所が、このブログ主がわざわざ言うのも恥ずかしいくらいの、こういった自明の、シンプルで真っ当な考えに異を唱え、学問の自由、思想・良心の自由に反するだの、と騒ぎ立てて反対する者がいる。
或いはかつて戦争の道具に国旗、国歌が使われたといってその掲揚・斉唱に反対する者がいる。

その代表がこの朝日新聞、バカ朝日であり、この市川とかいうおばさんだ。

朝日の魂胆ははっきりしている。
日本人が国民として強固なアイデンティティーを持ち、連帯し、団結して強くなってほしくないのだ。
世界に冠たる国になってほしくないのだ。
そうなれば国家壊滅がますます遠のき、国境はなくならず、地球市民なんてものにはならないからね。
或いは中国共産党支那の支配下に置けなくなるからね。

おばはん市川の場合は、国旗掲揚、国歌斉唱は全く関係ないのに、

 学問は時の政権に左右されたら真理を探究できないし、他方で公的資金なしでは立ちゆかない。

と言う。

学問を志している者はそんなに心がヤワなのか?
このおばさん一体何を研究しているのだ?
公的資金なしでは立ちいかない真理の探究っていったい何なのだ?
このおばさんの経歴なんて知らないが、どうせ税金をよこせよこせと、自ら働いて金を稼ぐより税金にたかる処世術の持ち主だろう。
ま、学者なら仕方ないかとも言えるが。

そして又こうも言う、

憲法が学問の自由を認めているのは、税金を使いながらも自由な真理探究を保障することこそが、人権の保障にとって有益との価値判断を表している。税金の投入は要請の理由にならない。

と。

確かに憲法は学問の自由を認めている。人権の保障もしている。
そのためにも税金は集められ、投ぜられるといってよい。
ブログ主は勿論、全国民なんら異を唱えるものではない。
だが、このことと国立大学に国旗掲揚と国歌斉唱を要請する、義務ずけることと何の関係があるというのだ。
何でもかんでも「憲法」、「人権」なる言葉を出せばよいってもんじゃない。

こんなこと持ち出すのは、
研究することで食わせてもらっている者のひけめ、コンプレックス、言い訳がましさの表れではないか。
市川のおばさんは私立大学の教員だが、ましてや国立大学の教員のようにもろ税金で食わせて もらっている者の心境はいかばかりかと同情申し上げる次第だ。
いや案外開き直っているのかも?

何度も言うが、
国立大学は国の金、すなわち国民が納めた税金で成立している。
そこに勤め、あるいは学ぶ者がその恩人である国民に感謝の意を表する。これ当たり前でしょ。
国民の負託を受けて国立大学を運営している政府としても、大学で働きあるいは学ぶ者に対して、国民に謝意を表するよう要請するのは当然でしょう。
でないと国民の負託、信頼を裏切ることになるでしょ。職務怠慢で。

市川おばさんは最後に言っている。

大学の教育活動介入の第一歩である今回の要請への対応は、大学人の良識が問われる。(聞き手・石山英明)

国立大学と政府は対立するものではない。
一体何の目的あって国立大学をけしかけるのか?
いい加減にせいと言いたい。


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No title

国立大学の予算の大部分が税金で成り立っていることはわかるが、それによって入学式で国歌を斉唱しなければならないことのなるかが分からない。研究や教育で国民に貢献することが重要であって、入学式で国歌を歌うかどうかは関係ないのではないか。そんなことは各大学の自由に任せておけば良いような気がする。

No title

コメント有難うございます。

お答えは長くなりますので、2月23日(火)の本ブログに書かせてもらいました。
御参照下されば有り難いです。

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昭和20年(1945)年敗戦の年生まれ。
小学生時代からの朝日読者。

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