梅原季哉 「取り込まれた」男

平成27年9月13日(日)    平成25年9月ブログ開始
     梅原季哉、「取り込まれた」男



9月12日 東京本社朝刊 オピニオン 12面
風ロンドンから  安倍談話元外交官の懸念


ミイラ取りがミイラになるって言葉があるように、人間世界では、よく「取り込まれる」という事態が発生する。
こっちの世界、こっちの陣営、こっちの共同体、こっちの仲間だったはずなのに、いつの間にやらあっちの世界、敵対陣営、向こうの共同体、こっちの仲間ではなくなる行動をとるのだ。

極端な例では、ストックホルム症候群、リマ症候群なる用語を知ることとなった事件だ。
前者はアメリカの大富豪であり、新聞王といわれたハーストの裕福な、およそ左翼革命思想とは無縁の孫娘(大学生)が左翼過激派犯罪集団に誘拐されて、驚くまいことか、その後その過激犯罪集団が銀行を襲った際には彼女がその一味として加わっていたのである。

後者の例としては、
1997年だったかに発生した在ペルー日本大使公邸占拠事件のそれだ
ペルーの反政府革命ゲリラ組織が日本大使公邸を襲撃占拠し、多くに人質をとった。
その人質の監視役である一人の若いメンバーは、いざと言う時にはいつでも人質を始末すべく常に監視、銃を向けていたのだが、警察の特殊部隊が突入した際、それを実行せずに部屋から飛び出して警察に打たれて死亡した。
占拠期間が一か月以上にもわたったため、若いテロリストと人質との間に人間的交流が生まれていたのだ。
若いテロリストの情が人質に移ったというのであろうか、彼は人質に向けて引き金を引くことが出来なかったのである。

これ等の例は、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかと言う極限状態を伴った極めて異例のケースであるが、もっと緩やかなというのも変だが、スパイと言う存在がある。

スパイにも、己の信念、主義、思想にもとずいて務めている積極的確信的な者もあれば、ついずるずると生活の為、或いは今更引き返せない、引き返せば裏切り者として始末されるという恐怖にもとずく消極的スパイ、一回の甘言に騙されての過ちをネタに脅迫されて務めている者など、その他様々いるであろう。

第二次大戦時、ソ連のスパイを務めた尾崎秀実なんかは、日本が戦争に敗北することが日本の為であり、世界平和の為であると、心より信じていた確信犯スパイであった。
東大在学時に共産主義に目覚め、そのままバカ朝日に就職した、いや雇われた。
コミンテルンの一員として朝日新聞記者の身分を持ち、それを隠れ蓑としながら、政界中枢にも知己を得、ついには英米に宣戦布告した近衛文麿内閣のブレーンにまでなったのだ。
当時の日本からすれば完全に敵方に「取り込まれて」いた日本人であったのだ。
そして紛れもなく彼は朝日新聞記者と言う身分を利用したのだった。

時は下り、2015年、バカ朝日の本社特別編集委員に冨永格というのがいる。
彼は、そのツイッターにて、ハーケンクロイツや旭日旗を掲げているデモの写真を掲載し、彼等(デモ参加者)は安倍首相とその保守政治を支持していると書き、まるで安倍首相がヒトラーの同類であるがごときツイートをしたのであった。
それも英語とフランス語でもだ。

これは多くのネット住民に指弾されることとなり、バカ朝日は冨永を処分したのであった。
その処分を伝える記事が以下である。
DSC05553_convert_20150811142617.jpg
この冨永とて、スパイではなかろうが、我が国の首相をヒトラーになぞらえて貶めるという、まさに反日活動を行っていたのだ。
欧米白人の意を迎えようとした、「取り込まれた」日本人だったのだ。

そして今回は冒頭にあげたバカ朝日ヨーロッパ総局長・梅原季哉の「風」とかいう署名記事だ。
読んでるうちに、一体お前はどこの国民なんだといいたくなる一文だ。
そしてまぎれもなく、欧米白人に「取り込まれた」バカ朝日記者だと断言できる。

こう書いている。

 英国立海軍博物館に、ウェルプに乗船していた元士官への95年のインタビューの音声テープが保存されている。
それによると、降伏文書調印式の数日前、相模湾に入った船団をめざし、人が泳いできた。収容してみると、近郊の捕虜収容所から逃げ出した英海兵隊員だった。これを受けてウェルプなど2隻が9月1日、横浜港に入り、倉庫にいた英国や英連邦諸国の軍人44人を救出した。捕虜の多くがげっそりとやせ細り、この元士官は「彼らが強いられた苦難は何ら正当化されない」と鮮烈な印象を抱いたという。


ウェルブと言うのは、70年前の1945年9月2日、東京湾に停泊する英海軍の駆逐艦ウェルプのことであり、米戦艦ミズーリ艦上で行われる日本の降伏文書調印式に向け、英太平洋艦隊旗艦に随伴してきたのだった。
調印式の数日前、ウェルブ号に向かって近郊の捕虜収容者から逃げてきた英海兵隊員がウェルブ号に泳いで逃げてきたというのだ。
そしてウェルブ号などは横浜港に入り、44人の捕虜を救出したのだという。
このまま読めば、おかしいとすぐ疑問が湧く。

日本は同年8月14日にポツダム宣伝受諾を連合国各国(もちろんイギリスにも)に通知している。
だから捕虜収所にいた英軍捕虜も、捕虜ではなくなり、本国からの迎えが来るまでそのまま収容所に住まわっていただけのはずだ。
泳いできた兵士は自国の軍艦を見て嬉しさのあまり待ち切れずに、辛抱しきれずに海に飛び込んだのであろう。
それを逃げてきただの、救出しただのと言う表現はおかしい。
「捕虜の多数がげっそりやせ細り」ともあるが、その当時日本人だって食べるものがなくみんなげっそりとやせ細っていたのだ。
英国人捕虜を特別に虐待したはずもなかろう。
逆に、日本が敗戦を受け入れたのであるから、捕虜担当者は捕虜虐待の嫌疑をかけられぬよう特別丁重に扱ったのではないだろうか。
梅原は、そんなことを詮索せずに、日本人がイギリス人捕虜を虐待していたがごとき印象を与える文章をサラッと書くのだ。
何のために?
おそらくイギリス人の意を迎える為であろう。気に入ってもらうためにであろう。

そして、

 だが、この世代全体にとって、和解は簡単なことではなかった。コータッツィさん自身、45年9月シンガポールでの降伏式に英司令部詰めの空軍少尉補として立ち会っており、親族には、タイからビルマへ日本軍が捕虜を大量動員した泰緬鉄道の建設で虐待された人も複数いる。「日本は時に、英国側がどれだけ強い感情を抱いていたかを忘れがちだ」

と、イギリス人への無条件の同情を示すのだ。
コータッツィさんとは、元駐日大使ヒュー・コータッツィのことだ。

それどころか

 安倍晋三首相は戦後70周年の談話で、英国も含めた元捕虜たちの「耐え難い苦痛」にも言及した。
コータッツィさんはその点を歓迎した上で、こう語る。「謝罪をいつまでも求めるべきだとも思わない。
奴隷貿易について現代の人々に責任を負わせることはできないのと同じだ。だが、大切なのは、何が起きたのかを正しく認識し、
繰り返さないことだ」 


と、コータッツィのイギリス人の旧悪逃れを許し、偽善の寛容さを誉め、すぐさま、

 だからこそ、安倍談話の行間にちらつく歴史認識に対しては、懸念をぬぐえないという。「経済のブロック化などによって『日本は戦争に巻き込まれた』と言わんばかりの言い換えに満ちていた」

などと、コータッツィの安倍首相談話批判を後押しするのだ。
そして最後には、

 もはや数少ない戦争世代。その中でも長年、親日家を任じてきた元英外交官の言葉には、日本人として耳を傾けるべき誠実さがある。(ヨーロッパ総局長)

と、もろ手を挙げて称賛するのだ。
ホンマ、阿保かである。

イギリス人はポルトガル、スペインに続いて、ヨーロッパ白人の先頭に立って世界中の有色人種を苦しめ、殺害し、侵略し、奪略してきた張本人じゃないか。
いうなれば全有色人種の敵だ。地球歴史上の極悪人だ。

幸運にも日本人は強かったからその支配・搾取を受けることなく済んだのだ。同盟まで結んだのだが結局は戦争したのだが。
彼等は、アメリカと一緒になって、正義の連合国が悪のファシズム枢軸国に勝利したという歴史認識を金輪際変えようとはしないのだ。
変えることを許さないのだ。
そんなイギリス人の肩を持つバカ朝日の梅原季哉って記者はまさに「取り込まれた」バカである。



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昭和20年(1945)年敗戦の年生まれ。
小学生時代からの朝日読者。

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