山本奈朱香、貞国聖子、石山英明。そして、武蔵野美術大学の志田陽子に静岡大の笹沼弘志。

平成28年(2016)3月25日(金)    平成25年9月ブログ開始      


山本奈朱香、貞国聖子、石山英明。
まだまだいるぞバカ朝日記者。そして、武蔵野美術大学の志田陽子に静岡大の笹沼弘志。





平成28年3月24日(木)   東京本社版 朝刊  社会面 第39面
国立大の卒業式ピーク
国旗・国歌実施じわり
(山本奈朱香、貞国聖子、石山英明)




戦争が終わって70年も過ぎた。
平成15年くらい迄はまだバカ朝日新聞社にも、先の大戦で、国の命により戦争に動員された者、直接その影響を受けた者がいた。

戦争はこの上なき嫌な思い出だ。
だから、国とか国家の言う事、なす事には条件反射的に懐疑的となり、ましてや国旗・国歌が登場すると、それは嫌な思いと重なりなり、反発するのであった。
解からぬではない。
だから、10年ほど前だと、今回の事は「じわり軍靴の響きが聞こえてくる」などと即「軍靴の響き」などとと書いたものだ。

それが少々ましになった。
それでも、その表現は「国旗・国歌実施じわり」だ。

バカ朝日にも、戦争に直接動員されたり、戦争を直接体験した国民がいなくなったのもあるだろうし、最近の日本国民としての自信、日本人意識の高まり、気分を慮ってなのか、以前よりは腰の引けた表現となったのであろう。

それにしてもだ、バカ朝日記者は、
じわり、どうしったっていうのだ?
じわり、どうなるというのだ?

じわり日本が戦争に向かう。じわり日本が戦争体制を整える。
じわり日本の戦争体制の強制が再び始まった。じわり皇民化教育が始まる。
じわり再び日本人の忠臣愛国思想教育がはじまる。じわり再び日本が戦争翼賛体制を始める。
じわり日本の選良国民教育が始まる。じわり日本の唯我独尊思想教育が始まる。
じわり若者の政権盲従化教育が始まった。

とでも言いたいのか。

戦争の直接体験でいやな思いをした故に、国旗・国歌と言えば即反発する記者はバカ朝日にはいなくなったと書いたが、
其れとは別に、日本国を毀損しよう、破壊しようというアナキスト記者がゴマンといるのだ。
破壊した後でどうしようというのか?科学的唯物論思考・主義のマルクス・レーニン主義、科学的唯物史観の共産主義とやらで国を運営しようと言うのか、いや、その思考の内にはもはや国・国家はないのにだ。
国、国家を取っ払って科学的唯物論の共産主義とやらで人類を差配しようというのか?

記事には以下のように書かれている。

武蔵野美術大の志田陽子教授(法学)は、岐阜大学長が国歌を斉唱しない方針を示したことに対し、馳文科相が「恥ずかしい」と発言したことを踏まえ、「政府にさらし者にされることが、受験者数にどう影響するか、大学の経営層は鈍感ではいられない。強制と同じだ」と指摘。静岡大の笹沼弘志教授(憲法学)は「大学が政権の言うことにただ従っていて、『自分で考えられる人材になれ』と学生に言えるのか」と嘆く。

例によってバカ朝日シンパの登場だ。
武蔵野美術大学の志田陽子。
彼女が普段何を主張し、言い、何を書いているのか、不勉強故に存じ上げぬので、わずか50字足らずの新聞コメントを読んだだけで、ブログ主の思うところを書くのは気が引けるが、書く。


>馳文科相が「恥ずかしい」と発言したことを踏まえ、「政府にさらし者にされることが、受験者数にどう影響するか、大学の経営層は鈍感ではいられない。強制と同じだ」と指摘。

とある。
馳文科相が「恥ずかしい」と発言したことが強制と同じ効果を持つと言うのだ。
何故なら、岐阜大が世間の注目を浴び、政府にさらし者にされたこととなり、受験者数に影響するからだ、大学の経営層は鈍感ではいられないからだ。
と言うのである。

馬鹿じゃないか、志田って。
馬鹿は一方的な見方しかできない。自分の考えが唯一正しいとしか。
後はそれを強化しプロパガンダするだけ。

岐阜大が卒業式で国旗掲揚し、国歌を歌うきちんとした、節度ある大学と言う評価を得て、受験生の数も増える、親御さんも安心して受験させるという考えは浮かばないのか?

それにしても、
国民の血税で成り立っている卒業式で、その恩恵に浴している学生、教官らが、国民としてのアイデンティティーを感じ、国民への感謝の意を表す。
その為に、国家国民の象徴である国旗掲揚、国歌斉唱を行うという行為のどこがいけないのか。
卒業式の如き式典は要らない、学生も教官も、こころの中で感謝していれば良いとでもいうのか。

人に親切にしてもらった、助けてもらった際に、この志田陽子は「ありがとう」の言葉を返さないのか?
そ知らぬふりして心の中で言ってればよいとでもいうのか。

何度も言う。国立大学は国民の血税で成り立っている公的な存在なのだ。
だから公的行為である卒業式を行い、そこでは国旗掲揚と国歌斉唱を行う。
国家・国民に感謝の意を表するためにだ。それを国民に知ってもらうためにだ。
それがなければ国立大学の式の意味は無くなるのだ。
でないと、「仏像作って魂入れず」ってやつになってしまうのだ。
文化省大臣の言った「恥ずかしい」行為になってしまうのだ。
これって国民の常識なのだ。

国家は人々の集合体の単位であり、そこに属する人がその国民であり、国民が国家を造っている。
そして日本は民主主義的手段で国家を作っているのである。
国家運営を担当する政府・権力機構も国民が作っているのだ。国民が委託しているのだ。

国民の決めた国旗・国歌に感謝の意を表するよう政府が促し、要請し、指導するのは当然の職務なのだ。

日本国を毀損・破壊しようという企みをもつアナキストの集団であるバカ朝日は、国民の国旗・国歌への表敬の機会が増えれば増えるほど、その敬愛の度合いも深まり、国民の団結力も強くなるという恐れから、そのあせりも高まり、水を差さずにはおけないのであろう。

次に、静岡大の笹沼弘志教授だ。
この人についても、不勉強家のブログ主は、彼が普段何を主張し、言い、何を書いているのか存じ上げぬので、わずか50字そこらの新聞コメントを読んだだけで以下に書くのは気が引けるが、書く。

こう書いてある。

>「大学が政権の言うことにただ従っていて、『自分で考えられる人材になれ』と学生に言えるのか」と嘆く。

この教授もバカだ。
国立大学は、政府・政権の言う事に反発することが、不服従であることがその勤めではない。
しかも学生に、「自分で考えられる人材になれ」などと、学生を馬鹿にしているのか?
「卒業式で国旗掲揚、国歌斉唱をすべきかどうか」を考える人材になれなどと言うのは、学生に忘恩の徒になってもよいのだぞ、自分で考えたのなら、というのと同じではないか。

こんなのが国立大学の教授とは恐れ入る。
国民・納税者に公式の場で感謝の意を表せない、あるいはそれが嫌だというのなら即刻税金をもらっている身分を返上すべきである。

いい加減バカ朝日もこんなバカ教授にバカなコメントを語らせるのを辞めたらどうか?
今回は、こんな下らん記事に、山本奈朱香、貞国聖子、石山英明と3名もの記者が名を連ねているのだ。
バカ朝日、まだまだ十分リストラの余地はあるぜだ。

まあ、バカはバカを呼ぶ。仕方あるまい。




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昭和20年(1945)年敗戦の年生まれ。
小学生時代からの朝日読者。

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